頭ではよくわかっているんだけど …

山田〈山にある田んぼ〉の右側斜面が我が山林です

冬に逆戻りか。

寒い。

といって、プレハブに籠ってばかりいると運動不足になってしまう。

昼食後、隣集落にある所有山林に行くことに。

 

今回は、ほとんど人気のない山道を歩いて5㎞余りの道のりを往復しました。

あっち見こっち見しながら、疲れたら休んだりと、帰って来るまでに2時間ほどかかりました。

途中に歩くのが困難な陥没箇所がいくつかあったけど、たぶんイノシシが原因なんでしょうな。

まっ、イノシシと鉢合わせになることもなく、無事に帰って来られましたわ。

※ 熊が出没しないところなのでまだしも安心です。

 

山道を歩いていると、
我が山林(右上写真)もそうなんだけど、ほとんどの山林がまったく手入れされていないことがよくわかります。

※ 右上写真で、我が山林の裾あたりが若干きれいになっているのは、山田で稲作をなされている方が除草等の手入れをしているようです。
その耕作者とは面識がないけど、クレームがないところを見ると、従来からそのようにしてきているんでしょうな。
もし、その耕作者が私に山林の管理を厳しく迫ってきたなら、
「わざわざそんなところで稲作をしなくても」
と、言い返してトラブルになるかも … 。

 

自分の所有物は責任を持って管理する。

当たり前のことで頭ではよくわかっているんだけど、実際にはなかなかできませんな。

健全な精神は健全な肉体に宿る

日が長くなりましたな。
2026 3.7 4:55PM 木立前より西空を仰ぐ

腰が痛い。
原因については前回のブログ記事参照〉

そのせいか、朝の3時に目が覚めて以降、眠れませんでした。

痛い、痛いと言ってばかりいても始まらないので、布団から出て5時近くまで本を読んでいました。

※ 腰痛の場合、読書のようにじっとしていればそれほど痛くないのです。
寝返りを打つとか、立ち上がるなど、姿勢を変えるときがとても痛いんですわ。

 

何とか朝食を食べ終え、6時半頃に自宅を出ました。

木立前プレハブに着くや否や、ブログ記事の下書きをチェックして投稿。

で、いつもならその後に木立をひと回りするところなんだけど、悪天候も手伝ってかまったく意欲が湧かず。

プレハブに籠ってダラダラとしていましたわ。

ユーチューブを見ているのか、本を読んでいるのか、はたまた床に横になって眠っているのか … そうこうしているうちに夕方近くに

 

外に出ると、風も収まり、西空が晴れ渡っていました。(右上写真)

時刻は5時少し前。

日が長くなりましたな。

 

腰痛も若干和らいだような … 。

遅ればせながら木立をひと回りすることに。

木立をひと回りした後、帰宅までまだ時間がありましたのでついでに集落を散歩しました。

ホントに気持ちのいいことといったら!

 

” 健全な精神は健全な肉体に宿る ”

ふと頭に浮かんできました。

読書の姿勢にも気を配る歳に

もう一つの椅子をフットレストに

前回のブログ記事で腰痛のことを話した。

重い物を持ったわけでもなく、運動不足で血の巡りが悪いわけでもないのに、どうして腰痛に至ったのか。

それもここ5日ほど続いていて、一向に治る気配がない。

 

思い当たる節は?

いろいろ考えるうちにだんだん原因が絞られ、読書をしているときの姿勢にたどり着いた。

椅子に座って長時間本を読んでいると、脚が疲れてくる。

で、別の椅子を持って来て、それに足を乗せてフットレスト替わりに使った。

背もたれのある柔らかくて大きい椅子に深く座り、もう一つの椅子に足を放り上げた姿勢で本を読んでいたというわけだ。(右上写真)

脚に負担もかからず、時折お茶をすすりながら、読みたい本を読むことの何と気持ちのいいことか!

が、その間、体の重みがほとんど腰に集中してかかっていたのだ。

 

1月下旬より【本居宣長:小林秀雄著】,【100分de名著 太平記】,【小説伊勢物語 業平】を読んだ。

記録を見ると、それら3冊を読み終えるのに要した時間はのべ100時間近く。

ここ一か月余り、毎日のようにけっこうな時間、腰に大きな負担をかけていたといっても過言ではないだろう。

 

いま【竹取物語】〈角川ソフィア文庫〉を読んでいる最中。

もちろん脚は床にしっかり下ろし、体重が腰に集中しないようにしている。

読書の姿勢にも気を配る歳になったんですな。

病気とうまく折り合いをつけて

イチゴ畑の整理をする

先日、ジャガイモを植える準備のために菜園を耕しました。
〈3.2付ブログ記事『今年の野菜づくりがスタート』参照〉

そして、今日は、木立前の畑にジャガイモを植えるための準備をすることに。

※ 菜園のジャガイモは、主に父が世話をし、穫れたものは家族で食べたり身内に配ったりしています。
一方、木立前の畑で穫れたジャガイモは、ほとんどが私の昼食となっています。

 

今年ジャガイモを植えるところは、昨年イチゴ畑だったところ。
〈同じ場所に続けて植えるのはよくないのです〉

が、そのイチゴの葉っぱが残ったままの状態。

遅ればせながら葉っぱをむしり取りました。(右上写真)

葉っぱの量は運搬用一輪車に2杯分あり、むしり終わるのに1時間半もかかりました。

最後に草木灰を撒いて作業を終了。

3月上旬でまだ土は冷たく、軍手をしていたとはいえ、手がかじかみました。

手がかじかむだけならまだしも、腰痛、左膝の痛み、おまけに逆流性食道炎が重なり、けっこうな苦痛の時間でしたわ。

とにかく耕すための準備ができたことにホッとしている次第です。

 

一週間後に畑を耕して施肥をする予定。

そしてその10日後ぐらいにたねいもを植えようと思っています。

いよいよ今シーズンの野菜づくりがスタートしました。

加齢とともに増える病気 … 。

うまく折り合いをつけてやっていくしかないようですな。

【小説伊勢物語 業平】を読む

【小説伊勢物語 業平】髙樹のぶ子著:日本経済新聞出版

【小説伊勢物語 業平】髙樹のぶ子著:日本経済新聞出版(右写真)を読み、印象に残った箇所を紹介します。

 


… 烏帽子や冠を脱ぐ、というのは何かしら成人男子としての力を我が身から外すような気がして心もとなくなってしまう。 …
P37


… 死者に触れたなら、三十日は外出を慎まねばならない。弔問のみであっても、不浄の身は遠慮せねばならないことが多いのに、この手で抱いたのである。 … P49


… 人が人を裁き殺す、ということに漠たる畏れが持たれていたのも、刑死によりこの世に残る魂は、生き残る都人たちに、災いを及ぼすと考えられていたからでもあります。 … P76


〈伊勢斎宮にて〉
… 死は奈保留〈なおる〉、病は夜須美〈やすみ〉、哭〈な〉くは塩垂〈しおたれ〉、墓は塊〈つちくれ〉のように、言い換えねばなりません。
いずれも、忌まわしきことを柔らかく変えて申します。白木の世を言の葉で汚してはならないだけでなく、唐より入り来た仏教の言い方も、ここでは排しておるのです。 … P329


… 唐より来た文字の真名には、唐の思いが宿るが、仮名にて読まれるこの国の和歌は、この国の人の思いとして伝わり残るのを、 … …
P406

 

①~③の他にも、当時〈9世紀後半~10世紀前半〉の人々の思いや考えがたくさん書かれていました。
とくに③のことより、死刑でなく、安芸、阿波、隠岐などへの島流しが多く行われたことが理解できました。

④⑤より、当時すでに、日本本来の文化を大切にしようという気運が高まっていたことを改めて知りました。
菅原道真が遣唐使を廃止したのも、その頃だと記憶しています。
話が逸れるかもしれないけど、道真も業平も藤原氏によく思われていなかったんですな。

 

千年以上も前の歌物語を、よくぞ現在の私たちが楽しんで読めるような小説にしてくれました。

まさに髙樹のぶ子氏の圧倒的な表現力のなせるわざです。

在原業平 … いい男ですな。

最後に彼の歌を二つ紹介して、感想を閉めたいと思います。

・世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
P316

・つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを
P454