読書の姿勢にも気を配る歳に

もう一つの椅子をフットレストに

前回のブログ記事で腰痛のことを話した。

重い物を持ったわけでもなく、運動不足で血の巡りが悪いわけでもないのに、どうして腰痛に至ったのか。

それもここ5日ほど続いていて、一向に治る気配がない。

 

思い当たる節は?

いろいろ考えるうちにだんだん原因が絞られ、読書をしているときの姿勢にたどり着いた。

椅子に座って長時間本を読んでいると、脚が疲れてくる。

で、別の椅子を持って来て、それに足を乗せてフットレスト替わりに使った。

背もたれのある柔らかくて大きい椅子に深く座り、もう一つの椅子に足を放り上げた姿勢で本を読んでいたというわけだ。(右上写真)

脚に負担もかからず、時折お茶をすすりながら、読みたい本を読むことの何と気持ちのいいことか!

が、その間、体の重みがほとんど腰に集中してかかっていたのだ。

 

1月下旬より【本居宣長:小林秀雄著】,【100分de名著 太平記】,【小説伊勢物語 業平】を読んだ。

記録を見ると、それら3冊を読み終えるのに要した時間はのべ100時間近く。

ここ一か月余り、毎日のようにけっこうな時間、腰に大きな負担をかけていたといっても過言ではないだろう。

 

いま【竹取物語】〈角川ソフィア文庫〉を読んでいる最中。

もちろん脚は床にしっかり下ろし、体重が腰に集中しないようにしている。

読書の姿勢にも気を配る歳になったんですな。

病気とうまく折り合いをつけて

イチゴ畑の整理をする

先日、ジャガイモを植える準備のために菜園を耕しました。
〈3.2付ブログ記事『今年の野菜づくりがスタート』参照〉

そして、今日は、木立前の畑にジャガイモを植えるための準備をすることに。

※ 菜園のジャガイモは、主に父が世話をし、穫れたものは家族で食べたり身内に配ったりしています。
一方、木立前の畑で穫れたジャガイモは、ほとんどが私の昼食となっています。

 

今年ジャガイモを植えるところは、昨年イチゴ畑だったところ。
〈同じ場所に続けて植えるのはよくないのです〉

が、そのイチゴの葉っぱが残ったままの状態。

遅ればせながら葉っぱをむしり取りました。(右上写真)

葉っぱの量は運搬用一輪車に2杯分あり、むしり終わるのに1時間半もかかりました。

最後に草木灰を撒いて作業を終了。

3月上旬でまだ土は冷たく、軍手をしていたとはいえ、手がかじかみました。

手がかじかむだけならまだしも、腰痛、左膝の痛み、おまけに逆流性食道炎が重なり、けっこうな苦痛の時間でしたわ。

とにかく耕すための準備ができたことにホッとしている次第です。

 

一週間後に畑を耕して施肥をする予定。

そしてその10日後ぐらいにたねいもを植えようと思っています。

いよいよ今シーズンの野菜づくりがスタートしました。

加齢とともに増える病気 … 。

うまく折り合いをつけてやっていくしかないようですな。

【小説伊勢物語 業平】を読む

【小説伊勢物語 業平】髙樹のぶ子著:日本経済新聞出版

【小説伊勢物語 業平】髙樹のぶ子著:日本経済新聞出版(右写真)を読み、印象に残った箇所を紹介します。

 


… 烏帽子や冠を脱ぐ、というのは何かしら成人男子としての力を我が身から外すような気がして心もとなくなってしまう。 …
P37


… 死者に触れたなら、三十日は外出を慎まねばならない。弔問のみであっても、不浄の身は遠慮せねばならないことが多いのに、この手で抱いたのである。 … P49


… 人が人を裁き殺す、ということに漠たる畏れが持たれていたのも、刑死によりこの世に残る魂は、生き残る都人たちに、災いを及ぼすと考えられていたからでもあります。 … P76


〈伊勢斎宮にて〉
… 死は奈保留〈なおる〉、病は夜須美〈やすみ〉、哭〈な〉くは塩垂〈しおたれ〉、墓は塊〈つちくれ〉のように、言い換えねばなりません。
いずれも、忌まわしきことを柔らかく変えて申します。白木の世を言の葉で汚してはならないだけでなく、唐より入り来た仏教の言い方も、ここでは排しておるのです。 … P329


… 唐より来た文字の真名には、唐の思いが宿るが、仮名にて読まれるこの国の和歌は、この国の人の思いとして伝わり残るのを、 … …
P406

 

①~③の他にも、当時〈9世紀後半~10世紀前半〉の人々の思いや考えがたくさん書かれていました。
とくに③のことより、死刑でなく、安芸、阿波、隠岐などへの島流しが多く行われたことが理解できました。

④⑤より、当時すでに、日本本来の文化を大切にしようという気運が高まっていたことを改めて知りました。
菅原道真が遣唐使を廃止したのも、その頃だと記憶しています。
話が逸れるかもしれないけど、道真も業平も藤原氏によく思われていなかったんですな。

 

千年以上も前の歌物語を、よくぞ現在の私たちが楽しんで読めるような小説にしてくれました。

まさに髙樹のぶ子氏の圧倒的な表現力のなせるわざです。

在原業平 … いい男ですな。

最後に彼の歌を二つ紹介して、感想を閉めたいと思います。

・世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
P316

・つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを
P454

ただ眺めているだけの隣集落の所有山林

隣集落に所有する山林

前回は、隣集落に所有する山林を表示する公図についてお伝えしました。

で、その公図及び役所の担当者の説明〈2.28付ブログ記事参照〉により所有山林の位置がある程度はっきりしました。

 

あくまである程度はっきりしただけで、最終的には隣接する山林所有者と現地で確認しなければなりません。

隣接する山林所有者は5人。

そのうちの3人はわかっています。

あとの2人についても、地元の生き字引のような方に訊ねればすぐにわかると思われます。

ちなみに役所では、個人情報に係わることなので教えていただけなかったんですわ。

 

わかっている3人はみんな高齢者で、男性が1人〈80代半ば〉、女性が2人〈70代後半と80代半ば〉です。

山林を所有するようになったとき〈13年前〉、境界線確認のためにその男性の方に現地まで同行していただきました。

で、いざ山林に踏み込もうとしたときに
「ここはマムシがいっぱいおるし、嚙まれたらたいへんなことになる。」
と断られてしまいました。
〈本人は、境界木を確認するだけだと思っていたようです。〉

 

思うに、
たとえすべての隣接する山林所有者がわかったとしても、みなさんといっしょにジャングル状態の現地に踏み込んで最終確認をすることができるのか。

たぶん、誘ってもいい返事はないでしょう。

今のところはただ眺めているだけですな。(右上写真)

改めて公図を見て思う

隣集落に所有する山林の位置や広さを表す公図

強い北風の吹く寒い日。

1時間余りの散歩の後はプレハブに籠りっきり。

読書をする気にもなれず、しばらくボーっとしていると、ふと隣集落に所有する山林が瞼に浮かんできました。

※ 隣集落に所有する山林については、2.28付ブログ記事『隣集落に所有する山林の位置を確認する』をご覧ください。

 

13年前にその山林を所有することになったときにもらった公図(右上写真)を改めて見たくなりました。

※ 【公図】とは
法務局が管理する土地の地番や位置、形状などが示された公的な図面。
明治時代の地租改正時に作成された地図を基に現在まで更新されており、土地の住所や境界を確認するための重要な資料。 … ネットより

 

はじめて公図を目にしたとき、子どものお絵かき同然に思ったことを思い出します。

それを基に、「あんたんとこの山は〇〇番や」と言われても、当時はさっぱりわからず。

が、集落の生き字引の方や役所の担当者のお話を聞くうちに段々わかってきました。

 

また、国土地理院がネットで紹介している50年ほど前の航空写真と照合すると、
〈右上写真の公図は〉
・上の方が、北の方角でなく西の方角になっていること
・太い黒線は山道を表していること
も、わかりました。

 

もし航空写真もない明治の初期につくられたままの公図なら、かなり正確と言えますな。