桜を見ながら薪割りをしていて …

桜を見ながら薪割りをする … 薪棚前で

雪囲いの後片付けも終わり、薪割りに取りかかりました。

薪割機を引っ張り出してきたんだけど、相変わらず重い〈80㎏近く〉!
〈右写真の黄色いのが薪割機〉

といって、斧で割る体力も気力もないんだし … 。

 

幸いにも薪割機は順調に作動。

薪をパカパカ割っていると〈杉はホントにパカパカ割れるんです〉、親戚が軽トラでやって来ました。

「 … 前もって連絡せんかったけど、近くに用事があったんで、ついでに立ち寄ったんや。 … 〈風呂用の〉薪、持ってってええか?」

「 … ちょうどよかった。 … 今日は一日中ここで薪割りや。いつでも持って行けや … 。」

 

結局、午前に1回、午後に2回、薪を持って行きましたわ。

最後の帰り際に、
「 … うちは薪風呂やしええけど、灯油で風呂焚いとると心配やろな。 … 早う中東のほうの戦争が終わらんかのお … 。」
と。

 

同感。

核開発か、宗教か、 … はたまた他に理由があるのかわかりませんが、とにかく一刻も早く終わることを願っています。

当事国に至っては、「振り上げたこぶしは下ろせない」ので、自分たちで解決するのは難しいように思われます。

第三国が中に入るしかないでしょうな。

我が日本も一役買うことができるような気がしているのですが … 。

 

桜を見ながら薪割りをしていて(右上写真)ふと思った次第です。

歳をとったんですな

集落の冬枯れの田んぼ               2026 2.23 1:30PM 散歩中にて

夜中、けっこうな風雨でした。

木立に着くと、道路に杉葉が散乱していました。

幸いにも今日は祝日、車の往来が少なくてよかったです。

すぐに拾い集めました。

 

用事で〈薪風呂の〉親戚に行きました。

帰り際、「風呂の薪が足りんみたいや。」と。

で、物置に行って薪の残量を確認すると、
足りないどころではなく、あと一週間分あるかないかという有様。

昨年の春にかなりの量の薪を渡し、少なくとも今年の3月末までは持つと思っていたのに … 。

一か月分足りなかったですな。

まぁ、そのようなこともあろうかと思い、予備に薪を準備してありました。

※ 薪が足りない場合、早めに連絡するように言ってあるんですが、今回もギリギリ … 。
「薪は乾かさないとすぐにはできない」と何回も言ってあるはずなのに。
ホントに楽なもんですわ。

 

午後、散歩に出ました。

夜中の天気と打って変わってすばらしい天気。

風は少し冷たかったけど、早春の青空の下、冬枯れの田んぼがとても映えていました。(右上写真)

その景色もそろそろ見納めかと思うと、少し残念な気持ちにもなりました。

 

1時間ほど歩いたでしょうか。

若い頃は時速4㎞で歩くなんて遅過ぎてできませんでした。

が、今では早足で歩いてちょうど時速4㎞。

歳をとったんですな。

ホントに知らないことばかり

葬儀から戻ると、もう夕方近くでした。     〈午後5時過ぎに木立前にて〉

親戚に葬儀がありました。

亡くなったのは90半ばの男性で、老衰により静かに旅立ったことも手伝ってか、 ” 大往生 ” の雰囲気が漂っていました。

隣県にあったこともあり、午前10時過ぎに出発し、木立に戻ってくると、もう夕方近くになっていました。(右写真)

 

今日の葬儀は、臨済宗のお坊さんが読経されました。

高齢のお坊さんと若いお坊さんが2人で読経されたのですが、まるで合唱のように聞こえました。

また、木魚を叩かれたり、鐘を鳴らされたりもしたので、ほとんど浄土真宗の葬儀しか見てこなかった私にとって、とても新鮮に映りました。
〈私は浄土真宗の門徒です〉

 

火葬時にたまたまお坊さんとお話をする機会を得ました。

私が臨済宗について訊ねると、〈高齢の〉お坊さん曰く、

「 … はぁ、浄土真宗の門徒さんでしたか。 … たしかに『善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや』とは違いますわな。とくに大きな違いと言ったら、座禅と公案〈こうあん〉ということになりますかな。 … もう一つ、武士に信者が多かったこともあり、 ” 修行を怠るな ” というような厳しい面が多いということですな … … 。」

 

まだまだお話をお聞きしたかったのですが、火葬の終了と相成りました。

ホントに知らないことばかりですわ。

春までまだしばらくは辛抱ですな

雪化粧の木立前で 2026 1.30 1:00PM

何やかやいって大寒ですな。

先日の雨で積雪が減ったのも束の間、また積もりましたわ。

20㎝余りと言ったところか。

雪化粧の木立を見ているぶんにはいいんだけど(右写真)、実生活となるとやはり問題です。

 

昨晩の9時少し前にケータイが鳴りました。

近くの親戚からでした。

「 … 明日、仕事の関係で急に富山県〈私が住んでいる石川県の隣の県になります〉に行くことになったんや。 … わしの職場では、県外出張の場合、原則公共交通機関を使うことになっとるんや。それで、電車で行くつもりでおるんやけど、何しろこんな雪や。駅前の駐車場が雪で埋まってて車が置かれんのやわ。 … 悪いけど、時間があったら駅まで送ってくれんかのお。」

とのこと。

送る旨返事をしました。

 

で、今朝、その親戚を駅まで送っていくと、案の定駅前駐車場が雪で埋まっていました。

除雪ブルドーザーは出るには出ているんだけど、生活道路の除雪で忙しく、駅前駐車場までは手が回らないといった有様。

雪の影響か、電車は5分ほど遅れてやって来ました。

途中で乗り換えて目的地に行くと言っていたけど、果してうまく乗り換えることができたやら。

※ 電車に乗ってから後のことは聞いていません。

 

言っても仕方がないんだけど、雪にはホントに困ったもんですわ。

春までまだしばらくは辛抱ですな。

雪の日に思う

薪ストーブの傍らで

正午少し前から雨が雪に変わった。

薪ストーブの傍らで窓外の景色を眺めていると(右写真)、十数年前のことが思い出された。

 

私がまだ勤めていた頃、雪の日にプレハブで休んでいると、外から親戚の主の大きな声が。

「おい、ここにある丸太を持って行くぞ。」
と。

「 … 今、出て行って手伝うわ。」
と返事をすると、

「出て来んでええ。 … せっかくの日曜日や。よう休めや。ホントに出て来んでええぞ … 。」
と、あっという間に軽トラに丸太を積んで帰って行った。

 

今思うと、当時の彼〈親戚の主〉の年齢は80代後半 … 。

車を運転していたことといい、軽くもない丸太を次から次へと持ち上げていたことといい、改めて驚きました。

予科練にいたときに終戦になったという話を何度か聞いたことがあり、戦後生まれの私たちと鍛え方が違うことも大いに考えられますな。

 

後日、彼の奥さんから聞いた話

… 主人はお風呂が大好きで、薪がふんだんに手に入ったからと大喜び。で、昼間から温泉気分でお風呂に2回も3回も入ったりして、それで、とうとう風邪を引いてしまったんですよ。 …

 

そんな彼も、4年前の春に逝ってしまいました。

享年94歳、主な死因は老衰でした。

もし生きていれば、今年白寿を迎えていたのですが … 。
〈彼の奥さんは健在です〉

さて、私こと

命ある限り、最善を尽くしたいですな。