『Neo economy』を再度読む

2月25日付 日経新聞 第1面

一週間ぶりに雨が降り、肌寒い日となりました。

先日から気になっていた『Neo economy』の記事を再度読みました。

『Neo economy』の記事について】
2月25日より連日日経新聞〈朝刊〉の1面と5面〈25日は3面〉の二面に渡り掲載されている記事です。(右写真)
主に ” 富の源泉はモノではなく、データや知識など形のない資産に移った ” というようなことが書かれています。

… もはや橋や鉄道が進歩していく時代ではない。コミュニケーションや情報のやりとりが容易になっていく時代だ。富をどう活用し、コミュニケーションをどう幸福に変えていくかが問われている。 …  25日付3面

… シェア経済においては巨大資本を必要としなくなり、GDPの低下につながるだろう。ただ生活の質は高まり、経済を計測する新指標が必要になる。 …  26日付5面

… GDPは豊かさではなく、モノの生産量の指標にすぎない。 …  27日付1面

… 18世紀、アダム・スミスは「国富論」で国民が消費できるモノの量を豊かさだととらえた。生活必需品にも事欠く時代だったからだ。そして現在。豊かさの尺度はモノから時間へと移った。
ドイツの作家ミヒャエル・エンデは「モモ」で、時間泥棒から時間を取り戻す少女の物語を描き、時間とは生きることそのものだと語りかけた。経済や技術の進歩で増える「可処分時間」をいかに自分らしく生き、豊かさに変えていくかを考えるときを迎えている。 …  28日付1面

※ 上記「可処分時間」と私のブログサイトのタイトルである「無所属の時間」が重なるような方向に進んでいくことを願っている次第です。