【日本人にとって自然とはなにか:宇根豊著】を読む

【日本人にとって自然とはなにか】宇根豊著:ちくまプリマー新書

【日本人にとって自然とはなにか】宇根豊著:ちくまプリマー新書(右写真)を読みました。

印象に残ったくだりを紹介します。

… 私は毎年6回の畔草刈りをします。草を刈ると、背丈の高い草が切られてダメージを受け、それまで日陰になっていた低い草に日が当たるようになり、しばらくは低い草の勢いがよくなります。 … … 自然は放置するのではなく、適度な攪乱(適度なダメージ、ここでは草刈り)がある方が色々な生きものがいつも一緒に生きられる … … 。 … P41

… … 西洋で一番信者が多いキリスト教では、「神(唯一の神)は人間のために自然を造った」のですから、人間は自然を支配していいということになります。しかし、キリスト教がヨーロッパに行き渡る中世までは、木を切り、山を掘り、川をせき止めるときには、それぞれを守っている様々な神々に許しを得ることが必要でした。キリスト教では、こういう神々は異端だとして、無視されるようになったのが、自然が破壊された最大の理由です。 … P105

… 「自然保護」や「生物多様性」はとても大切な思想ですが、外からの客観的な科学的な見方だけでは、私たちの血肉にはなりません。何よりも日々の実感・経験に引きつけてとらえなければなりません。そして、昔からある日本的なそれに似た伝統につなぎ合わせることが大切です。 … P140

… 野外で動物でも草花でも生きものと出会い、「なんという名前かな」と思う体験は楽しみになります。そして … … 名前を覚えて、 … … 生きものの名前を呼ぶことこそ、「自然観」を豊かにする秘訣です。 … P161

・西洋人の自然観と対比させることにより
・著者〈宇根氏〉独自の日本人の自然観に関する調査結果を踏まえ、
著者〈宇根氏〉自らが百姓として日々実感、経験していること等も織り交ぜて
日本人の自然観がわかりやすく書かれています。