
【人生後半の幸福論】齋藤孝著:光文社新書と【自分が高齢になるということ】和田秀樹著:新講社(右写真)を読み、印象に残った箇所をそれぞれ一つずつ紹介します。
… 大人になった今、もう一度『山月記』〈中島敦著〉を読み直す … 、
昔はこういうところに気づかなかった、でも今はそこに気づける、深く理解できる。前に読んでいるからこそ、その比較ができる。少しでもその世界観に馴染んだことがあるほうが深く味わえる。昔のほうが細部までよく読めていた、今のほうがわからないということはないのです。
… 学校教育の意味とは、少しでも触れておくことで、のちのち興味を持ちやすくするため、すべてはその下準備だったのです。
【人生後半の幸福論】 P173~174より
… いちばん大事なのは、たとえ認知症になってもその能力〈残存能力〉を使い続けるということで、それによって症状の進行を遅らせることができます。
… 楽しいことや好きなことなら、いつまでも続けることができます。だれかの役に立ちたいという気持ちはもちろん大切ですが、自分が楽しくなければだんだん意欲も薄れてきます。
【自分が高齢になるということ】 P164より
生き方の類の本については、とくに定年退職直後によく読みました。
それらには重なる部分も多く、今回紹介した箇所〈上記〉は、新たに知ったことです。
端的に言うと、学校教育の意味と認知症を遅らせる術という2点になるでしょうか。
いつまで此岸に居られるか定かではないけど、とにかく楽しくやっていきたいですな。
【追伸】
前回のブログ記事でお伝えしたトウガラシの件、本日整理いたしました。
気になっていたことを片付けると、スッキリしますわ。
