【庭仕事の愉しみ】V.ミヒェルス編・岡田朝雄訳:草思社
を読みました。
ヘルマン・ヘッセの著作の中で、【庭仕事の愉しみ】に関する箇所を編集した本です。
で、その本の中で、ヘッセは、 ” 灰 ” について、次のように言っています。
… …
私が燃やした塵芥や 緑の植物や 木の根をすべて
土と混ぜ合わせると あるいは濃い あるいは淡い
あるいは赤い あるいは灰色の灰ができる。それは
極上の穀粒か粉末のように細かくなって 焚き火をした地面に堆積する。
それらはそれから 念入りに篩〈ふるい〉にかけられて 私にとっての賢者の石となる。
それは 焚き火に費やした数時間の収穫であり 美味な果実である。
私はそれを小さな湯沸かし鍋に入れて持ち歩き つましく庭に配分する
特に好んでいる草花だけに たとえば細君の小さな庭へ
この瞑想の火と生け贄の醇化された収穫の分け前を
分け与える価値があると私は思う。
… … P151~152
物置小屋に置きっぱなしになっている ” 灰 ” のことを思い出しました。(右上写真)
” 瞑想の火と生け贄の醇化された収穫の分け前 ” の一人占めはよくありませんね。
父が手入れしている菜園の物置に2容器ぶん置いてきました。
そして、親戚にも2容器ぶん持って行きました。