ついでに包丁の手入れもすることに

包丁の先を削って丸くしました

今シーズンの草刈り、木の伐採等が終わりましたので、道具の手入れをしました。

【草刈機】
肩に掛けるタイプと背負うタイプの2台の草刈機を使っているのですが、両方ともギヤケースにグリースを注入しました。
背負うタイプのものにはシャフトにもグリースを塗りました。

【ロープ】
擦れて弱くなっている部分を切り取り、切り口がばらけないようにライターで焼いてビニルテープを巻きました。
〈切った分短くなりますが、使用中に切れるとたいへんなことになりかねませんので。〉

【エンジンチェンソー】
カバーを開け、中に詰まっていたおが屑を取り除き、排気口の掃除もしました。

 

ついでに包丁の手入れもすることに。

今までプレハブで使っていた包丁は ” 関孫六〈せきのまごろく〉 ”。

「退職後は料理も!」と意気込んで買ったのでしたが、結局はほとんど使わず。

で、自宅にあった刃のこぼれた使い勝手の悪い包丁と交換させられる羽目に。

ピーマンやシシトウを切るぶんには、少々刃がこぼれていてもそれほど支障はないのですが、それではあんまりですので研ぐことにしました。

私の場合、先が尖っている包丁は必要ありませんので、先をグラインダーで削って丸くしました。

ついでに果物ナイフもそのようにしました。(右上写真)

さて、スパスパに切れるようにしたいけど、うまく研げるかな。

思うようにお米が食べられることに感謝

今回もいつものように『上白』で … 精米所で

いつの間にか、精米が私の仕事として定着しました。
〈退職してからかな〉

近くの精米機のあるところ〈精米所〉に米を持って行きました。

その米も、以前は一袋〈30㎏〉を持って行って精米していたのですが、2年ほど前から半分になりました。

 

【理由】

妻や高齢の両親にとって30㎏の米の入った袋は、持ち運びするには重過ぎるらしく、2年ほど前からその半分にしました。
また、子どもたちがいた頃は、30㎏の米を精米してもすぐになくなりましたが、両親と私たち夫婦だけになった今、米がなかなか減らないのです。
で、同じ食べるなら、精米したての方がおいしいだろうということで、小分けして精米しているというわけです。

 

今回もいつものように『上白』で精米しました。(右上写真)

個人的には『標準』あるいは『もっと粗い精米』でもいいかな、と思っているのですが、両親が『上白』を望むのでそのようにしています。

憶測 … 両親ともに食欲旺盛な少年〈少女〉時代に、戦争のために白いご飯を十分に食べられなかったことが影響しているんでしょうな。

 

現在は、白い、白くない云々より、栄養の観点から『精米し過ぎない』ことが言われています。

ホントに時代も変わりました。

細々とした生活ですが、思うようにお米が食べられることに感謝しながら日々を送っている次第です。

自分だけいい思いをしてバチが当たった

本日の昼食です

また、雨 … 。

傘をさして木立をひと回りした後、ずっとプレハブ内で。

ユーチューブを見たり、今後の木立のデザインを考えたりしているうちに昼に。

 

… 昼食は何にしようか …

シイタケとシシトウを捥いできました。

シイタケは簡単に洗っただけでそのまま薪ストーブに載せました。

しばらくするとシイタケの香りがプレハブ内に漂い始めました。

シシトウは〈インスタント〉焼きそばに入れました。

15分ほどで食べられるまでになりました。(右上写真)

で、本日の昼食は、シシトウ焼きそば、焼きシイタケ、牛乳、みかんと相成りました。

自分で栽培したシイタケを焼いて食べるのは初めて。

ジューシーで、アジシオを少しかけただけなのに絶品でした。

 

食後、満腹感及び満足感に浸りながら歯を磨いていると、口の中に小石のような物が … 。

右下奥歯に詰めてあったセメントでした。

幸いにもすぐに治療を受けることができました。
〈麻酔注射が痛かったですな〉

 

昼食を食べたまではよかったが、その後が悪かった。

おいしいものを独り占めしたからでしょうな。

4個といえどもシイタケを家へ持ち帰るべき゚だったかな、と反省しております。

妻、両親、私の4人家族ですので、1個ずつ食べればちょうどだったんですよね。

自分だけおいしいものを食べていい思いをしたので、バチが当たったんでしょうな。

以後気をつけます。

木立を眺めて毎日穏やかな気持ちで

明るい木立は気持ちがいいですな 2021 3:15PM

午後になって日が射し始めました。

でも、寒い〈最高気温7℃?〉。

早々〈午後3時過ぎ〉屋外作業を止め、プレハブに入りました。

ブログ記事を書こうと西窓の手前にあるパソコンに向かって座ると、

… 窓からの景色が … 冬のやわらかい日射しを浴びた木立が穏やかで、見ていると気持ちがいい! …

しばらく眺めていました。(右上写真)

 

昨日訪ねて来た集落の男の言っていたことを思い出しました。

集落の男
「アンタんとこの木立、見る見るきれいになってきとるな。 … ましてやここは集落の中心みたいなところや。 … みんな喜んどるわ … 。」


「ありがとうございます。励みになります。」

 

引き受け手のなかったジャングル状態の木立を所有して9年目。

勤めていた頃は、休日等自由になる時間の大半を、

そして、退職してからは、ほとんどすべての時間を木立の手入れに費やしてきました。

その理由は?

… 性に合っている … それだけです。
〈ボランティアをしているつもりはありません〉

具体的に言うと … 自分の思うような木立〈ガーデン?〉にし、それを眺めて毎日穏やかな気持ちでいたい …

ということになるかもしれません。

今日の午後西窓から木立を眺めたときのように。

みなさんも木立を眺めていい気持ちになれるなら、もう言うことはありません。

【金子兜太養生訓】を読む

【金子兜太養生訓】黒田杏子著:白水社

降ったり止んだり。

時たまあられも。

寒い〈最高気温8℃?〉日です。

【金子兜太養生訓】黒田杏子著:白水社(右写真)を読み、印象に残ったくだりを紹介します。

 

… 漂泊者はメモをするのが好きなようです。一茶もそう、山頭火もそう、尾崎放哉もある程度、メモ好きに近いものがある。彼らはみな、移動していきますからね。まとめた表現ができないので、記録だけしていくんです。書かざるをえなかったんだろうな。不安なんです。何でもいいから書いておきたいという気持ちがあるんじゃないかな。捨てるのが惜しい。過ぎ去ったものだからいいんだという割り切りができない。未練がましいというか。私もトラック島で1日も欠かさず書いていましたから、やはり漂泊者だ。漂泊者の系譜に連なっているんですな。 …
P182

… だいたい俳諧師は連歌師以来、旅の中で暮らしを立てていたわけです。そういう彼らの生活形態が伝わっているわけだが、そういう伝統は私たちの時代にはもうない。俳句を売って歩いて食っているなんてことはまず考えられないということから、定住状態にいて、自分の内なるこの漂泊の心情をいかに温めていくか。しかし、温めるだけでは生きる力にならんかもしれんから、この漂泊心情をテコにして、何かを定住の状態の中に築き上げていく。漂泊の心情というものを抑え込んで、それを創作のエネルギーにして具体的なものを作り上げていく。そういうふうに考えていかないといかん。
私の場合だと俳句と自分の考えというものを築き上げていこう。金子兜太独自のものを築き上げていこう。 … P226

 

一茶、山頭火、尾崎放哉、金子兜太と同列に並べて自分を語ることは非常におこがましいのですが、ひと言語らせてください。

私がほとんど毎日メモをするようになったのは定年退職後です。
〈そのメモをもとに日々ブログ記事を書いています〉

ということは、私も ” 漂泊者 ” ?

金子氏がおっしゃる通り、私が毎日メモをするようになったのは、〈定職がなくなり〉不安で、何でもいいから書いておきたいという気持ちになったのかもしれません。

 

が、私も金子氏同様定住者の身。
〈再度言いますが、同列に並べてすみません。〉

漂泊の心情を創作のエネルギーにして木立の手入れにいそしみ、みなさんの目を楽しませるようなガーデンを築き上げていきたいと思っています。