冬の晴れた日を有効に使っていきたい

苗木を植え終わりました

朝、自宅を出ようとしたとき車のフロントガラスが凍っていました。
〈今冬初〉

が、天気は良好。

プレハブに着き、ブログ記事を投稿した後木立をひと回りすると、もう〈午前〉9時近く。

一昨日に買った7本の苗木が物置小屋に置きっぱなしになっていましたので、植えることにしました。

【7本の苗木の内訳】
・キンカン 2本
・不知火〈しらぬい:みかんの品種名〉 1本
・せとか〈みかんの品種名〉 1本
・ヘイワード〈キュウイの品種名:雌木〉 2本
・トムリ〈キュウイの品種名:雄木〉 1本
※ キュウイは、
雌木と雄木をいっしょに植えないと実ができません。

 

竹やぶ跡へ行き、巻き尺で間隔を測りながら苗木の植える位置を決めました。
〈4~5mの間隔をとりました〉

位置が決まると、そこにある竹の地下茎を『根切り』で切り、スコップで直径40㎝、深さ40㎝ほどの穴を掘りました。

穴の半分ほどに培養土を入れた後、ポットから出した苗木をその上に置き、周りの空いているところには掘ったときの土を入れて足で踏み固めました。

〈午後〉4時頃にすべての苗木を植え終わりました。(右上写真)

明朝は今朝より冷えるということで、小さい苗木〈キンカンとせとか〉に仮の寒さ除けの囲いをしました。

 

外で終日作業したのは1週間ぶり。

今冬は晴れる日はどれくらいか?

有効に使っていきたい。

日に2度も神のお傍に

木立前で町会長さんを見送る … 11.27 3:30PM

〈午前〉8時過ぎから集落の神社で注連縄〈しめなわ〉づくりをしました。

※ 今日つくった注連縄は、新年に神社及び神社に関連する建物等に飾られます。
大小合わせて10本近くつくりました。

 

稲刈り時に取っておいた藁〈わら〉を縄に編んでいくわけですが、

編む前に、縄にするには不適切な藁〈短いものやふにゃふにゃなものなど〉を取り除きました。

その後、残ったしっかりした藁を次から次へとつなぎながら編んでいきました。

昨年までは編む人に藁を渡す役をしていたのですが、今年初めて藁を編む役を仰せつかりました。
〈1人で編むのではなく、3人で協力しながら編んでいきます。〉

年配の方のあたたかいご指導で何とか編み上げることができました。

作業が終わったのは、〈午後〉1時近く。

緊張していたせいか、あっという間に時間が過ぎたようでした。

 

プレハブに戻ってしばらくすると町会長さんが訪ねてきました。

あれこれ2時間近く話したでしょうか、町会長さんを見送ると、もう〈午後〉3時半でした。(右上写真)

 

今、このブログ記事を書いているところですが、夕方、集落の新嘗祭〈にいなめさい〉が神社で執り行われます。

玉串奉納者の呼び出しをする係になっていますので、行かなければなりません。

日に2度も神のお傍にいられ、かたじけなく思う次第です。

幸せで贅沢なこととは

あられの降る日に中古のプレハブにて

〈午前〉10時頃珍しく穏やかな天気に。

近くのホームセンターに苗木を買いに行きました。

キュウイの雌木2本、雄木1本、キンカン2本、せとか〈みかんの品種名〉1本、不知火〈しらぬい:みかんの品種名〉1本を買ってきました。

 

昼食後植えようと思いきや、つい居眠りを … 。

やおら起きて、準備をしようと外に出ると、急にあられが。

慌ててプレハブに戻りました。

窓の外は真っ暗、そして、あられがプレハブの鉄板の屋根を叩く音、

プレハブに隣接した作業小屋の波板の屋根に降りかかる音の凄まじさと言ったら … 。

もう波板が破れるかと思うほどです。

昨日はそれにプラスして雷鳴の轟きがあったのですが、今日は無いだけまだまし。

 

… けど、それらを除くと、プレハブ内は天国そのもの。

あられに打たれることもなく、温かい薪ストーブのそばでゆったりと熱いコーヒーが飲めます。

プレハブ〈広さ約15畳〉は7年前に木立の手入れをする道具を置くために中古で入手したもので、現在は私の日中の居場所となっています。(右上写真)

 

わずかな苗木を買うにもお金のことが気になる年金生活者ですが、

快適な居場所があり、
〈妻や子どもたちは虫が多いので不潔だと思っているようです〉

そこで自分のやりたいことを心行くまでできるのは、幸せなことであり、贅沢なことでもあると思っています。

身近にお手本になる人がいて励みに

集落の果物づくり名人からいただいた柿とみかん … 最も大きな柿の直径は10㎝

連日の暴風雨。

風に飛ばされた杉葉が道路に散乱し、晴れ間を縫って拾い集めるも切りがなし。

荒天が収まってからまとめて拾い集めることにしよう。

 

外での作業はできず、屋内で作業や読書をする気にもなれず、近くのホームセンターへ苗木を見に行くことに。

時期が遅いのでほとんどの苗木は売り切れていました。

幸いにも今年中に植えたいと思っていたキュウイの苗木が残っていました。

※ キュウイの場合、雌木と雄木があり、それらをいっしょに植えないと実ができません。
ただ、キュウイにはいくつもの品種がありますので、雌木と雄木の相性を考慮する必要もあります。
私が植えようとしているのはへイワードのいう品種の雌木で、それに合うのは、トムリという品種の雄木です。

今日は買わずに見るだけにして帰ってきました。

 

しばらくすると、集落の果物づくり名人が訪ねてきました。

一方の手には柿が入った袋を、

そして、もう一方の手にはみかんの入った袋を持って。

見事な柿とみかんです。(右上写真)

彼〈名人〉が帰った後、最も大きな柿の直径をものさしで測ってみました。

なんと10㎝!

 

「いずれは自分も」 と意欲を掻き立てられました。
〈柿とみかんだけではなくキュウイもがんばらないと〉

身近にお手本になる人がいて励みになります。

【自助論】スマイルズ著 を読む

【自助論】スマイルズ著/竹内均訳:三笠書房

今日も終日悪天候。

【自助論】スマイルズ著/竹内均訳:三笠書房(右写真)を読む。

印象に残ったくだりを紹介します。

 

… たとえ努力が水泡に帰そうとも、ベストを尽くしたと感じているならそれで満足できる。 … P87~88

… 失われた富は勤勉によって元通りにできるかもしれない。失われた知識は勉学によって補充でき、失われた健康は節制や薬で取り戻せるかもしれない。だが、失われた時間だけは永遠に戻ってはこないのだ。 … P125

… 単なる知識の所有は、知恵や理解力の体得とはまったく別物だ。知恵や理解力は、読書よりもはるかに高度な訓練を通じてのみ得られる。一方、読書から知識を吸収するのは、他人の思想をうのみにするようなもので、自分の考えを積極的に発展させようとする姿勢とは大違いだ。
… … われわれは自分が「いかにあるべきか」、そして、「何をなすべきか」を自分自身で選び取る必要がある。単なる読書にうつつをぬかし、他人の人間像や行動をほめたりけなしたりしてそれで満足というのでは困る。すぐれた知識はそのまま自分の生活に反映し、すぐれた思考はそのまま自分の行動に結びつくはずだ。 … P178~180

… いくら貧しくとも誇りを高く保ち、誘惑をものともせず、身を落とすようないやしい行為をもきっぱり拒絶している人間を見るにつけ、われわれは尊敬の念を禁じ得ない。 … P180~181

… 人間の言動は、あとあとまで何らかの形で他人に波及していく。これは打ち消しがたい厳粛な事実だ。どんな人間でも、われわれの生活に多少とも感化を及ぼし、知らず知らずのうちに影響を与えている。
立派な行動や言葉は、それが結局は実を結ばないものであっても、いつまでも人の心に生きつづける。悪しき行動や言葉の場合も同じだ。 … P202

 

【自助論】は1858年〈日本でいうと幕末の頃〉に出版されたとのこと。

その内容は今でも十分通用するように思いました。

とくに上記3つ目のくだりの
「いかにあるべきか」、そして、「何をなすべきか」については、
若い人や現役で働いている人たちだけでなく、退職者にとっても大切なことに思いました。

むしろ退職者にとってより大切なことかも … 。