夕日を眺めていると突然ケータイが

ブログを書いていると、正面の窓から夕日が。

暖冬だったせいか、例年と比べ、草の伸びが早いようです。

※ この冬も雪かきをするほどの雪は降りませんでした。
これで2年連続 … 、いったいどうなっているんでしょうね。

 

木立前では、セイヨウタンポポ、オオイヌノフグリ、ヒメオドリコソウなどが目立ち、高いものは30㎝ほどになっていました。

それ以上伸ばすと、ヘビが頻繁に出没しますので刈ることにしました。

で、刈っている途中、何匹ものカエルが草の中から飛び出てきました。

… 予想が的中しました …
〈それらのカエルを狙ってヘビが来ますからね〉

午後いっぱいかかって、木立前の草を刈り終えました。

景観もよくなり、ヘビの出没する率も下がりました。
〈情けないけど、ホントにヘビがダメなんです。〉

後片付けを終え、一日を振り返りながらブログを書いていると、正面の窓から夕日が射し込んで来ました。(右上写真)

程よい疲れと成就感に浸りながら、しばらくその夕日を眺めていました。

突然ケータイが鳴りました。

「おい、元気か。 … 今、畑からネギを抜いてきたとこや。いっぱいあるし、どうや。 … 新鮮なうちに取りに来たらええわ。」

親戚からでした。

畳み掛けるようないつもの口調 … 、すぐに取りに行きました。

そして、ネギ特有の甘い香りが充満する車で戻って来ました。

… 有り難いことです …

【無名の人生:渡辺京二著】を読む

【無名の人生】渡辺京二著:文藝春秋

終日雨でした。

【無名の人生】渡辺京二著:文藝春秋(右写真)を読んで印象に残ったくだりを紹介します。

… 人間の一生には幸福も不幸もあるけれど、その評価は、自分で一生を総括してどう考えるかの問題だということになります。他人が判断できることではありません。幸福度を客観的に測る基準などないからです。 … P71

… もう少し漢文をやっておけば、もう少しましな文章が書けたろうにと悔やまれます。
こうした表現力の劣化、幼稚化をいかにして食い止めるか。それが、今後の課題となるでしょう。なぜなら、人間というのは言葉の動物ですから。言葉の能力が落ちると、日本語の文化も、個人の人生も貧しくなってしまうからです。 … P139

… われわれは、みな旅人であり、この地球は旅宿〈りょしゅく〉です。われわれはみな、地球に一時滞在することを許された旅人であることにおいて、平等なのです。 … P172

… 人間、ことさら死生観を持たなくても、生きるときは生き、死ぬときは死ぬのです。そうなるまで精一杯努めればいい。ばたぐらうもよし、わがままを発揮するもよし、人によって様々なのが人生の面白さでしょう。 … P182~183
『ばたぐらう』 … 暴れたりもがいたりする〈熊本の方言〉

 

歳とともに ” 人生 ” ” 死 ” を意識することが多くなりました。

で、渡辺氏の著書【無名の人生】読みました。

コチコチになって構えることもないんだなと、気持ちが和らぎました。

ただ、P139のくだり〈上記〉の
… 言葉の能力が落ちると、 … … 個人の人生も貧しくなってしまう … … の箇所が気になりました。

死ぬまで勉強ですね。

定年退職後の3年間を振り返って 5

現在〈入手7年後〉の木立の様子

今日は、2020年3月31日。

3年前の今日、仕事でお世話になった方々にあいさつ回りをし、暗くなった頃に自宅に戻ったことを思い出します。

 

さて、5回に渡るブログ記事『定年退職後の3年間を振り返って』も、最終回となりました。

前回まで、
・木立を入手することになった経緯
・プレハブの設置
・定年1年前に定年後の身の振り方について考えたこと
・定年直後に重機を扱う講習を受けたこと
・ブログ発信をするに至った経緯 … 等
について話をしてきました。

で、定年退職をした年の夏までに、第二の人生に向けての準備がほぼ整いました。

あとは、どう過ごすかです。

それにつきましては、本ブログ記事をご覧ください。
〈今回を含めて今までに968記事を投稿〉

サイトの右側に掲載されているカテゴリーをご覧になると、一目でわかります。

 

最後に、定年退職後の3年間を総括いたします。

ひょんなことから木立を入手したとはいえ、それが、定年退職後の私の生活の大部分を占めることになってしまいました。

何かの縁でしょうね。

楽しい日々でした。

とくに、

60~63歳というまだ頭も体もそれなりに機能してくれる〈若い〉年齢のうちに

まる3年間、何ものにも束縛されず、自由に考え、自在に行動する機会が与えられたことに感謝しています。

これが、65歳まで延長して働いた後だったら、話はまったく違っていたでしょうね。

私の場合、その時点でエネルギーが尽き、何もしないだろうと思います。

 

おかげさまで、

竹の侵入で荒れ果てていた山林〈約5,000㎡〉を ” 木立 ” と呼べるような状態にすることができました。(右上写真)
※ 3.28付ブログ記事『定年退職後の3年間を振り返って 1』に掲載されている写真と比べながらご覧ください。

また、読書をはじめ、たくさんのことができました。

若いからできたんだと思っています。
〈65歳から始めるとなると、ちょっと遅いでしょうね〉

それら、この3年間に経験したことは、今後の私の人生に大いに潤いをもたらしてくれること間違いありません。

これからも、10年ほどかけて100本余りの木を伐採し、伐採した木を薪にしたり、伐採跡に果樹を植えたりする予定です。

体が動く限り、一人で行うつもりです。
〈他人任せにすると、〇百万円のお金がかかります〉

そう考えると、伐採や薪づくり等に関する技術や知識が身に付いたこの3年間は、第二の人生のための投資期間だったとも言えます。

 

延長して働くことを無理強いせず、温かく見守ってくれた家族に、重ねて感謝する次第です。

明日から、いよいよ定年退職後4年目。

引き続き、よろしくお願いいたします。

定年退職後の3年間を振り返って 4

いずれは切株を抜くようなこともあろうかと重機の初心者コースを受講しました

前回は、居場所を快適にしたことについて話をしました。

それ以外に、定年退職後すぐに実行したことに、重機を扱うための初心者コースの受講があります。

ショベルカーやブルドーザー等の基本的な扱い方の講習といった方がわかりやすいでしょうか。

何しろ木立には切株やでこぼこな箇所が至るところにありましたので、重機を自分で扱った方が安くつくかな考え、受講することにしました。(右上写真)

自宅近くに講習所はなく、しかも5日連続講習を受ける必要がありましたので、泊りがけで受講しました。

受講料、宿泊飲食費等を合わせて15万円ほどかかりました。

重機を扱うのはまったく初めてでしたので、一日でも若いうちにと思い、退職してから2週間後に受講しました。

※ 勤めている頃は、5日も続けて職場を空けることはできませんでしたので、定年後に受講したという次第です。
受講に限らず、何でも、一日でも早く着手した方がいいですね。
意欲、関心、体力、頭の回転 … 等、いずれも日毎に衰えますので。
ちなみに、今までのところ重機を扱っていません。

 

で、定年直後は、しばらく重機を扱う講習会や小屋づくり等で時を過ごしていたのですが、

3か月を過ぎた頃から倦怠感を抱くようになりました。

誰に指図をされるわけでもなく、ノルマもなくマイペースで思いのままに作業をしていたはずなのに … 。

読書をしていたときに、そのわけがわかりました。

読書をしても、そこから得た自分なりの思いを伝える機会がないのです。

作業にしてもそうです。

作業をすることを通して得たコツのようなものを、みんなで共有する機会がないのです。

ほとんど一人でいますので、そうなるのは致し方ないことなのですが … 。

で、虚しさが、ますます募っていきました。

… みんなと共有できる方法はないやろか? …

安価〈年間1万円ほど〉でできる方法があることを知りました。
〈無料でできる方法もあるようです〉

ブログ記事を書いて発信することです。

ネットでいろいろ調べ、サーバーさんと契約を結び、サイトを立ち上げました。
〈私の場合、立ち上げるまでにけっこう時間がかかりました〉

定年後3か月余り経ってから、ブログをはじめました。

学校や会社などの組織に属さず、フリーの身で時を過ごしていましたので、ブログのタイトルを ” 無所属の時間 ” としました。

記事の主な内容は、その ” 無所属の時間をどのように過ごしたか  です。

それからは、毎日のように500字余りの字数でブログ記事を発信してきました。
〈倦怠感も虚しさも解消しました〉

これからもブログ記事を発信し続け、

一定年退職者の日々の活動や思いをみなさんにお伝えしていきたいと思っています。

なお、ブログ記事に載せたものが、ほんの少しでもみなさんの生活の足しになれば、望外の幸いです。

定年退職後の3年間を振り返って 3

定年退職後に自作した作業兼物置小屋 〈広さ:約10㎡〉

いよいよ定年退職してからのことを … 、

と言いたいところですが、その前に定年退職後の身の振り方について、私なりに考えていたことを話します。

定年後のことを真剣に考え出したのは、定年1年前でした。

そのときの家庭状況は、
・私は1年後に定年を迎えるが、妻はまだ数年働ける。
・子どもたちはみんな職に就いている。
・両親共に健在。
・ローン無し。
でした。

で、私が退職後無収入になっても、貯金や退職金の一部を取り崩すことで家計を何とか維持できるだろう、と考えました。

雇用延長も考えましたが、現役時の勤労意欲を持続できそうにない、と判断しました。

アルバイト等も考えましたが、私に向いていそうなものはありませんでした。

… では、意欲が湧き、私に向いていそうなものは何なのか? …

… それは、” 荒れた木立の手入れをすること ” でした。 …

※ 定年後を見越して、木立を入手したわけではありませんでした。
むしろそれは、降って涌いたような話でした。
まさか、毎日木立と向きあって生活することになろうとは … 。
今では、何かの縁があったんだろうな、と思っています。

 

で、定年退職日の翌日から、木立の手入れに本腰を入れ始めました。

午前7時前に自宅を出て、木立〈雨天の場合はプレハブ〉で活動をして自宅に戻るのは午後7時半ごろ、という生活に変わりました。

木立〈プレハブ〉が、新たな職場になったというい感じです。
〈帰宅時間は、勤めていた頃より1時間半ほど早くなりましたが〉

プレハブに毎日通うようになり、使い勝手をよくするために、プレハブの整理整頓に取りかかりました。

ゆったりとしたスペースでパソコンを操作したり、本を読んだりするために、プレハブ内にあった諸々の道具や農具を移動させることにしました。

そして、それらの道具や農具を入れるために、

新たにプレハブ横に、10㎡ほどの広さの作業兼物置小屋を単管と波板で自作しました。(右上写真)

※ お金はないけど時間だけはありますので、近くのホームセンターから材料を買い集め、試行錯誤しながら一人で小屋づくりに取り組みました。
周辺の排水路もツルハシ、スコップ等ですべて自分で行いました。
窓とドアだけ、ネットで買いました。〈もちろん取り付けは自分で〉
ネットは、種類も多く、安価で、しかも作業場所まで持って来てくれて便利です。
外回りのU字溝、小屋の下に敷いたコンクリート板等も含めて、全部で50万円ほどかかったでしょうか。
ただ、風に飛ばされないようにすることに細心の注意を払いました。
他人様に迷惑をかけることだけは避けなければなりません〉
そのために、支柱となる単管の数を多めにし、小屋をプレハブにがっちりとくっ付けました。
猛暑の時期に入る前に何とか仕上げることができました。

 

あれ! 今回もまたまた長いブログ記事になってしまいました。

とにかく、定年退職後に最初にしたのは、日中の大半を過ごすことになる居場所を快適にすることでした。