除草シーズン前にサツマイモ畑の完成を

サツマイモ畑づくりに着手しました。

先日ジャガイモ畑をつくり終えたところです。

※ ジャガイモ畑づくりにつきましては、3月4日付ブログ記事『メークイン or 男爵いも?』をご覧ください。

 

で、今度は、サツマイモ畑づくりに着手しました。

場所は、木立前のけっこう日が当たるところです。

そこは、現在は雑草地ですが、7年前まで建物が建っていました。

思ったより地面は柔らかく、途中からツルハシに替えて三つ鍬で掘り起こしていきました。(右上写真)

ただ、地面の中から瓦礫がザックザク出てきたのには辟易しました。

鍬を1回振り落とす毎に、瓦のかけらが5~6枚出てくるという始末。

作業は遅々として進みませんでした。

午後いっぱい〈約4時間〉かかって、1,5m×3mの広さの地面を掘り起こしたという進捗状況でした。

その間出た瓦礫の量は、一輪車4杯分 … 。

掘り起こすより、むしろ瓦礫を拾い集めるのにエネルギーを費やしたという感じです。

今の調子でいくと、地面を掘り起こすだけで、まだ10時間はかかりそうです。

前回のブログ記事でもお伝えしましたように、あと2週間ほどすると、草がいっぺんに伸びてきます。

木立前では、とくにオオイヌノフグリとヒメオドリコソウが、「早く刈ってくれ!」と言わんばかりに目立ってきています。

除草シーズン到来前に、サツマイモ畑を完成させてしまわないと … 。

今のうちにできることは少しでも済ませて

昨日の午後、今日の午後で一輪車50杯分の土砂をふるいにかけました。

土砂をふるいにかける第一弾目の作業が終わりました。

昨日の午後、今日の午後と合わせて8時間ほどの時間がかかりました。

土砂の量は、一輪車50杯分ほどです。

今回は、目の大きさが2,5㎝×2,5㎝のふるいを使いました。(右上写真)

ふるいの目を通らなかった石は、プレハブ横の作業の妨げにならないところに持って行き、そこに置きます。

ふるいの目を通った土砂は、再度、目の細かい〈1,5㎝× 1,5㎝〉ふるいにかける予定です。

そして、そのときにふるいの目を通らなかった石については、今回ふるいの目を通らなかった石と同じところに置きます。

「それなら、今回、目の粗い〈2,5㎝× 2,5㎝〉ふるいにしないで、目の細かい〈1,5㎝× 1,5㎝〉ふるいにすればよかったのに。
そうすれば、一度で済むのに。
何で?」

「ごもっとも。」

ですが、

何しろ、晴れの日が3日と続かないので、土砂が湿っていて、細かい目のふるいをうまく通ってくれないのです。

粗い目のふるいならギリギリ何とか通ってくれます。

といって、

晴れの日が続く時節を待っていると、ジャガイモ植え、畑耕し、草刈りなどの作業と重なってしまいます。

で、作業が一時に重なってあたふたすることがないように、

今のうちに、できることは少しでも済ませているという次第です。

あるものを最大限に生かし出費を極力抑える

土砂をふるいにかけて小石を取り除きました

土砂をふるいにかけていると(右写真)、親戚が〈3人で〉やって来ました。

※ 昼食弁当の差し入れです。
〈ありがたい!〉

 

で、親戚の一人が、私のしていることを見て、

「疲れるやろ。きょう日、そんなことしとるもん〈者〉おらんわ。 … 畑に入れる砂やったら、ダンプで持って来てもろたらいいやろ。」

と言うと、

もう一人の親戚が、

「いや、それでいいんや。 … 退職して時間もあるし、危ないことはできんけど、それ以外のことはできるだけ自分でした方がいいわ。 … わしもそやけど、年金だけの身分やし、たとえ安い砂でも買わんようにして出費を抑えとるんや。 … テレビ見てただボーとおっても〈いても〉しようがないし、おまけに体にも悪いし … 。 やっぱり体が動く限り動かんとな。 … まあ、あんまり無理せんとボチボチやれや。 無理してけがでもすると、元も子もないしな。」

と言いました。

残りの一人は、何にも言わずただ笑っているだけでした。

他にも行くところがあるらしく、すぐに帰って行きました。

… もう一人の親戚の言ったことにまったく同感です。 …

今の私にあるのは、自由な時間とまだ何とか言うことを聞いてくれる体と頭、そして、約5,000㎡の木立です。

あるものを最大限に生かし、極力出費を抑えつつ日々楽しく過ごしていきたいと思っています。

【白道:瀬戸内寂聴著】を読む

【白道】瀬戸内寂聴著:講談社

【白道】瀬戸内寂聴著:講談社(右写真)を読み終え、印象に残ったくだりを紹介します。

… すべてをなげうち、捨てても、捨てても、最後まで捨てることが出来ず西行に残った煩悩が、歌への執着であり、仏の真の救いを得たいという悲願であった。歌への執着と、仏道をきわめたいという悲願の執着とが、七十二歳の西行の中では、ついにひとつにとけあってしまい、はじめて自分の歌の中に秘密の真言と摩訶不思議の仏の妙智力を感得したのではあるまいか。それが西行の悟りでなくて何であろう。
… P125~126

… 孤独な庵の生活の中では自然の推移を見つめる眼でわが心の中と自分自身の姿を凝視するしかない。自然が刻々に移り変わっていくように、自分の老いも絶え間なく自分を蝕んでいる。
… P176

… それでも人は誰でもこの世の快楽に執着し、その日食べられぬ貧しい人々でさえ、一日でも半日でもこの苦しい娑婆にしがみついて生きのびたいと思う。あらゆる宗祖が死を見つめよと教え、この世のはかなさをつきつけ、死の淵に立っている足許のもろさを指さしても、人々の目は死をかかえこんだ自分の肉体を信じようとはしなかった。
… P210

… 思えば、七十年の生涯、一筋に追い求めてきたものは外でもない。世界にただひとつのわが心、わが思いの真実であったのだ。捕えたと思った瞬間、するりと指からすべり抜けているわが思い、わが心の実体は、終に自分にはわからぬまま終わりそうな気がする。 … … 七十年生きて、わが心ひとつがついに捕えきれないということを、わが心がようやく悟った。それが自分が歌に賭けた答えだったのだ。
… P357

 

著者〈瀬戸内氏〉自身の身に照らし合わせて書かれているのでは?

で、紹介した〈上記の〉くだりにしても、西行や宗祖を通して氏の思いが語られているようにも読めました。

… 七十年生きて、わが心ひとつがついにとらえきれない …

これは西行もそうだったし、瀬戸内氏もそうだったし、

私〈現在63歳〉がその歳まで生きていても、そうだろうと思います。

でも、そのとらえどころのない心を何とかしたくて、みなさん行動に移されるんでしょうね。

西行は出家をして、歌を詠みました。

瀬戸内氏も出家をして、本をお書きにまりました。

〈たいへんおこがましいのですが〉
私は、木立で無所属の時間を過ごして、ブログ記事を書いています。

丸2年経っても抜ける気配のない真竹

丸2年経っても抜ける気配のない1m高の真竹

2年前〈2018年〉の1月に、木立に生えていた40本ほどの真竹を1mぐらいの高さになるように伐りました。

その理由につきましては、2018.1.15ブログ記事『真竹が生え広がらないように1m高に伐る』をご覧ください。

 

確かに、1年後〈去年〉、細い竹〈直径3㎝ほど〉が1本だけ根元から抜けました。

… … が、それ以外の竹は抜ける気配がありませんでした。

【竹 徹底活用術 P60:農文協出版には、

… 真竹などの細めの竹なら … と書いてありましたので、

私の伐った竹はそれに該当しない〈太過ぎる〉のかな、とも思っていました。

 

で、伐ってから丸2年が過ぎた現在の様子は?

… 一向に抜ける気配なし …

ちなみに今日、2本の細めの竹〈直径3~4㎝〉の頭を握ってぐりぐり回してみたのですが、ぴんぴんしていました。(右上写真)
〈昨年抜けた1本と太さはそれほど変わらない〉

… 本来なら、根っこもろとも枯れて簡単に抜けるはずだったのに …

木立で作業をするとき、1mほどの突起物が至るところにあると、何かと妨げになります。

また、見た目もよくありません。
〈根元から伐らなかったわけをよく人から尋ねられ、その都度説明はしているのですが … 〉

で、すべて根元からスパッと伐ってしまうか、

あるいは、もう1年様子を見てみるか、

迷っています。