石と半日お付き合いをしましたが …

石がころから落ちてしまいました

午後、薪棚の後ろに残っていたもう1個石を運び出すことにしました。
〈昨日1個運び出しています〉

石の大きさは昨日のより少し大きめです。

※ 縦:約70㎝,横:約70㎝,高さ:約50㎝

今日は、ころ〈直径12~15㎝の丸太〉の上に石を載せるのにかなり苦戦しました。

2時間ほどかかり、なんとか載せることができました。

※ 石のどの面を底面にしててこを利用するかによって、持ち上げやすい場合と持ち上げにくい場合があります。
石をてこで持ち上げたときに、石の下にもの〈木片や石など〉をかますと作業が捗るのですが、一人ではそれがやりにくく、何かよい方法がないかと思案しています。

 

で、石をてこに載せたのはよかったのですが、今度はてこがスムーズに回ってくれないのです。

昨晩の雨で地面がぬかるんでいるので、重たい石を載せたてこが地面に沈んだのが原因のようです。

踏ん張って石を押したりロープでひっぱたりながら少しずつ運んでいきました。

暗くなる前に作業を終えたく、ペースを上げたときでした。

石がころから落ちてしまいました。

運び終えるまでにあと5mというところで … 。(右上写真)

周りが薄暗くなり、疲れもありましたので、その時点で作業を終了しました。〈安全第一!〉

今日は、石と半日お付き合いをしましたが、運び終えることができませんでした。

石を1個だけ運んで1日が終わりました

てこところを利用して大きな石を運びました

新聞を読み、ブログ記事を投稿し、木立をひと回りすると、〈午前〉9時を過ぎていました。

※ 最近は、上記のような流れで1日がスタートします。

薪棚の後ろに鎮座している石が、何かと作業の妨げになりますので、移動させることにしました。

石の大きさは、縦:約70㎝、横:約60㎝、高さ:約45㎝です。

20mほど移動させたく、自作の台車に載せて運ぶ予定でした。

台車に載せれば、20mくらいならあっという間に運べます。

… … が、台車の荷台が高過ぎて〈約33㎝〉石が載せられないのです。

てこを利用して何度試みてもダメで、そうこうしているうちに昼になってしまいました。

午後、再度挑戦しましたが、ダメでした。

やり方を変えることにしました。

直径12~15㎝の6本の丸太をころとして利用し、その上に石を載せて運ぶことにしました。(右上写真)

石を丸太に載せるまで少し難儀しただけで、あとは思っていたより作業がスムーズに進みました。

ころから石が落ちるとやっかいですので、落ちないように慎重に石を押しました。
〈途中で一度、ころから石を落としてしまいました〉
〈ころを利用するといっても、大きな石ですのでかなりの力が必要です〉

運び終わったのは、〈午後〉4時半ごろでした。

今日は、石を1個だけ運んでいるうちに1日が終わってしまいました。

【日本人にとって自然とはなにか:宇根豊著】を読む

【日本人にとって自然とはなにか】宇根豊著:ちくまプリマー新書

【日本人にとって自然とはなにか】宇根豊著:ちくまプリマー新書(右写真)を読みました。

印象に残ったくだりを紹介します。

… 私は毎年6回の畔草刈りをします。草を刈ると、背丈の高い草が切られてダメージを受け、それまで日陰になっていた低い草に日が当たるようになり、しばらくは低い草の勢いがよくなります。 … … 自然は放置するのではなく、適度な攪乱(適度なダメージ、ここでは草刈り)がある方が色々な生きものがいつも一緒に生きられる … … 。 … P41

… … 西洋で一番信者が多いキリスト教では、「神(唯一の神)は人間のために自然を造った」のですから、人間は自然を支配していいということになります。しかし、キリスト教がヨーロッパに行き渡る中世までは、木を切り、山を掘り、川をせき止めるときには、それぞれを守っている様々な神々に許しを得ることが必要でした。キリスト教では、こういう神々は異端だとして、無視されるようになったのが、自然が破壊された最大の理由です。 … P105

… 「自然保護」や「生物多様性」はとても大切な思想ですが、外からの客観的な科学的な見方だけでは、私たちの血肉にはなりません。何よりも日々の実感・経験に引きつけてとらえなければなりません。そして、昔からある日本的なそれに似た伝統につなぎ合わせることが大切です。 … P140

… 野外で動物でも草花でも生きものと出会い、「なんという名前かな」と思う体験は楽しみになります。そして … … 名前を覚えて、 … … 生きものの名前を呼ぶことこそ、「自然観」を豊かにする秘訣です。 … P161

・西洋人の自然観と対比させることにより
・著者〈宇根氏〉独自の日本人の自然観に関する調査結果を踏まえ、
著者〈宇根氏〉自らが百姓として日々実感、経験していること等も織り交ぜて
日本人の自然観がわかりやすく書かれています。

自分が本当にしたいことは何なのか?

友人が持って来たお菓子

都会で暮らしている友人が2か月ぶりにやって来ました。

※ その友人は、ひと月ごとに、高齢者施設に入っている父親の様子を見るために田舎に戻っています。
そして、時間に余裕のあるときは、たいてい私のところに顔を出してくれます。

今回はバイクで戻ったので、みやげを持って来れなく、田舎の店で買ったお菓子を持って来てくれました。(右上写真)
〈私にとっては十分過ぎるおみやげです。ありがたい。〉

高山〈岐阜県〉経由で戻ったそうですが、紅葉がとてもすばらしかったということです。

 

で、友人と私のふたりは、いつものごとく簡単に近況について話し、最近話題になっていることについて大いに盛り上がりました。

とくに某電力会社の多額のお金のやり取りについてです。

電力会社の使命は、質の高い電気を安価に消費者に提供することではないでしょうか。

それがなんで今回のような事件につながってしまったのでしょう。

 

… 以下、日々好きに生きている二人の還暦を過ぎたジジィの結論 …

今、事件の渦中にいる人たちは、電力会社の使命についての思いが浅かったのではないか?

学校の成績がよかったとか、給料がいいとかの理由だけで職業に就いたのではないか?

” 自分が本当にしたいことは何なのか ”

ということについて、掘り下げて考える機会を持たずに今日に至ったのではないか?

ということです。

つるはいっぱいだけど肝心のサツマイモが

つるはいっぱいだけど肝心のサツマイモが

サツマイモの収穫をしました。

先日、父が世話をしている菜園で、サツマイモの収穫の手伝いをしたきもそうでしたが、

イモを掘り起こすことよりも、その前につるを取り除く作業の方がたいへんでした。

※ 上手につくる人は、つるは少ないのでしょうね?
ひょっとして私の家だけつるが多いのかも。

 

何しろ太いつるで葉っぱも大きく、おまけに生い茂っているという有様。

7mほどの長さの畝が二つしかないのに、つるの量といったら … 。(右上写真)

つるについては、8月の時点で、近所の人から指摘を受けていました。

「立派なつるや。サツマイモ諦めてつるを食べた方がええわ。」と。

※ そのときの詳細につきましては、8月4日付ブログ記事『立派過ぎるサツマイモのつるを指摘されて』をご覧ください。

その立派過ぎるつるは、今日まで全く衰える様子はありませんでした。

 

で、つるはいっぱいだけど、肝心のサツマイモは?

… … … 。

大小合わせて150個ほどの収穫でした。(右上写真)

サツマイモにいくべき養分がつるにとられてしまったという感じです。

50個ほどの大きな形のよいものは、自宅に持ち帰ります。
〈いずれは子どもたちに分けることになるのではないかな〉

残りは、今後の私の昼食とします。

最後に問題が一つ。

立派過ぎるサツマイモのつるをどう処分しようか … 。