シイタケの原木を移動しました

年間を通して日の当たらないところにシイタケを移動しました

木立の中に、植菌したキノコの原木が並べてあります。

シイタケ、ナメコ、ヒラタケの3種類です。

どれも一昨年の3月に植菌しました。

ナメコ、ヒラタケは、去年、一昨年とキノコが出ました。

とくにナメコについては、昨秋いっぺんにたくさん出たために採り切れず、親戚に手伝ってもらったくらいです。

… … ただ、シイタケだけが … 。

どれも、植菌した時期も、並べてある場所も同じなのに … … 。

集落のキノコに詳しい方は、シイタケは出るまでにけっこう時間がかかるとおっしゃってはいるのですが … 。

にしても、出てくる気配がまったく感じられないのです。
〈『通年型』と『春秋型』があり、どちらも気配なし。〉

 

今、キノコの原木を並べてあるのは、山桜の木の下です。

山桜は落葉樹ですので、冬期間の晴れた日は、原木は日光に当たりっぱなしの状態になります。
〈夏は、山桜の葉は生い茂っていますので、日陰になります〉

で、そのことが、シイタケが出ない原因にもなっているのかなあ、と思ったりもして … 。

思ってばかりでは解決しませんので、シイタケの原木を移動することにしました。

移動先は、常緑樹の杉の木の下です。
〈これで年間を通して日が当たらなくなります〉

新たに棚を設けて、運んできたシイタケの原木を順に立てかけました。(右上写真)

ギリギリまでがんばられたんですよ

北風吹く肌寒い春先の木立前で知人を送って

〈午前〉9時過ぎに知人が訪ねて来ました。

彼は、3か月に1回ぐらいの割合で、いきなり訪ねて来ます。

歳は、私より1つ上です。

私は定年退職と同時に職を去りましたが、彼は、1年ほど雇用延長をした後、職を去りました。

で、職を去ったのがお互いに同じ頃だったので、なんとなく話が合うのです。

彼は、65歳まで目いっぱい勤めたかったようです。

が、体が持たなくなって途中で止めてしまいました。

そのことが、いまだに挫折感めいたものとなって言葉の端々にうかがわれます。

今日もそうでしたので、

「〇〇さん、40年以上も家族のためにけんめいに働いて定年まで勤め上げられたんですから、それでいいじゃないですか。 … おまけにそれにプラスして1年間も勤められたんですから。 … 私なんて、定年退職と同時におさらばしたんですよ。 … … 」

と言うと、

「… … … そうか、 … それでよかったんかな。 … そうやな。 … 働く気持ちはあったけど、体が言うこと聞いてくれなかったもんな。 … しようがないわな。」

と小声で言うのでした。

最後に、

「〇〇さん、ギリギリまでがんばられたんですよ。 … お互いこの先どれだけ生きられるかわからないけど、せっかくの貴重な時間を、楽しく前向きに過ごしていきましょうよ。」

と言って、木立前(右上写真)で別れました。

新聞を読むのに費やしていた時間を古典に

2020 2.19 『日本経済新聞』朝刊

今日、新聞販売店に電話をしました。

… 『日本経済新聞』(右写真)の定期購読を来月〈3月〉いっぱいで止める旨を …

定期購読を始めたのは25年ほど前です。

経済云々というより、むしろ
最終面の『私の履歴書』と『文化欄』、
そして、
週末の『半歩遅れの読書術』と書評欄
を読みたかったからでした。

※ それ以来、私の家では『日経』と『地方紙』の2紙をとっています。

【どうして『日経』の購読を止めるのか】

・収入の無い身では、〈1紙につき〉月々4,000円の出費は大きい。
1年で48,000円となり、ちょっとした草刈機が買える。
勤めていた頃は、『日経』は必需品に近いものだったが、退職した今ではむしろ草刈機の方が必需品。

日経』に相当する情報は、ネット等で代替できる時代。

・ニュースについては、『地方紙』で十分。

お金を稼ぐために新たにアルバイト等をして時間の切り売りはしたくない。
〈餓死する事態になれば別だが〉

もう一つ

・最近【風姿花伝】【西行】を読み、とてもおもしろく、これを機に、〈主に日本の〉他の古典も読みたくなった。
とくに、学生時代少しかじっただけの『方丈記』『徒然草』については、今度はしっかり読みたい。

ということで、

今まで新を読むのに費やしていた時間を、古典を読む時間に充てることも考えています。

【西行:白洲正子著】を読み終える

昨年の4月下旬に木立前に咲いた山桜

【西行】〈白洲正子著〉を読み終えました。

今日読んだ箇所より印象に残ったくだりを紹介します。

… 西行は感情があふれるままに歌い捨てたので、時には意味のわからない歌もあるが、それはそれなりに西行の中では完結していた。ほかに表現の仕様がなかったからで、生きた言葉とはそういうものだと思う。 … P193

… 西行が歌合せに参加しなかったのは、生きることに全力をかたむけていたからで、技巧を競い、優劣を争う宮廷人の付合いをわずらわしく思ったために他ならない。 … P239

… … その殆んどが西行を仏教の聖者の如く祀りあげているのは、「ねがわくは花の下にて春死なん … … 」の歌によったのはいうまでもないが、当時としては通りがよかったし、今でも一般の人々はそう思っているようである。だが、西行の真価は、信じがたい程の精神力をもって、数奇を貫いたところにあり、時には虹のようにはかなく、風のように無常迅速な、人の世のさだめを歌ったことにあると私は思う。 … P244

 

著者〈白洲氏〉の強い思いの入った西行の伝記でした。

著者自身実際に西行の足跡を追いながら
歌を解釈していますので、生き生きとしてわかりやすく、すっと入ってきました。

後記で、著者は、「伝記とも紀行文ともつかぬものとなった」といっていますが、むしろその方が私にとってはよかったです。

グーグルマップや日本史事典などを片手に、著者といっしょに西行の世界を歩き回ったようで、楽しく読ませていただきました。

” 数奇 ” という言葉がたびたびでてきましたが、人生100年時代にますます大切になってくるのでは、と思いました。
【数奇・寄〈すき〉】(「好〈すき〉」の当て字)
風流の道、特に茶の湯などを好むこと。   … 広辞苑第六版より

… 花にあこがれた西行 …

私のところにもある山桜〈10本ほどですが〉(右上写真)、

今から楽しみにしています。

【西行:白洲正子著】を読み始めて2日目

【西行】白洲正子著:新潮社版

今日も【西行】白洲正子著:新潮社版(右写真)を読みました。

印象に残ったくだりを紹介します。

… 〈西行が〉吉野山へ入った後の歌は、一段と風格を高めたようであるが、それは自分自身を深く見つめる暇と余裕を持ったからであろう。人間は孤独に徹した時、はじめてものが見えて来る、人を愛することができる、誰がいったか忘れてしまったが、それはほんとうのことだと思う。 …
P89~90

… ここで西行は、永年たずさわって来た歌の道で、「言葉の罪」というものを強く意識していたことを物語っている。今でも物を書く人々は(もし良心があるならば)、多かれ少なかれみな感じていることだが、たとえ一時的にも滝に打たれることによって、西行は救われた心地がしたに違いない。 … P98

… … どちらかといえば『聞書集』の中に … … 西行の内面を告白した歌が多く、 … … 花や月によせて詠むのならともかく、直接自分の心と向き合って煩悶することなど、大体やまと歌には不向きなのであって、そこに西行の普遍的な新しさが見られる。 … P119

… 歌というものは暗唱して、何十ぺん何百ぺんとくり返す間に、その歌の姿がおのずから見えてくるものだ。単なる主観といってしまえばそれまでだが、単なる主観に生きた西行を知るには、そういう方法で近づくしかないように思われる。   P131

… 〈西行の歌には「なんとなく」という句が多い〉 … … ほとんど西行の専売といってもいいくらいだが、よほど柔軟な心を持たなくては、このように率直な歌は詠めなかったであろう。 …
P156~157

 

【西行】と白洲氏が共振しているのではないか、と感じられました。