一年を無事に終えられることに感謝

自宅玄関のしめ飾り

もう大みそかなんですな。

歳とともに時の流れがホントに早く感じられるようになりましたわ。

で、明日は元日。

人並みに家をきれいにすべく、午後は新年に備えて自宅の掃除をすることに。

妻は主に正月料理の準備をしますので、私は、神棚みがき、しめ飾りの取り付け、風呂掃除をしました。

 

まずは神棚みがき。

脚立に上ってガラス戸を外し、濡れたタオルできれいに拭きました。

神棚の中の埃をはたきで払い、拭いたガラス戸を嵌めるも何か足りないような。

お札…OK、しめ縄… OK、 … … あっ、榊が無い!

明朝木立に行って榊の枝を切り、それを持って来て活けることに。

 

次はしめ飾りの取り付け。

これまた脚立に上って玄関戸の上辺りに取り付けました。(右上写真)

橙〈だいだい〉として、菜園に生っていた柚子を飾りました。

  橙〈だいだい〉 … しめ飾りの上部にある柑橘類

 

最後は風呂掃除。

2畳ほどの広さで天井の高さが約2,3mのスペース。

上部〈天井〉から下部〈床〉へと、この一年間にこびり付いた汚れやカビなどを拭きとっていきました。

天井を見ながら拭いていると、首が痛くなりましたわ。

風呂掃除だけで1時間余りかかりましたな。

 

あとは年越しそばを食べ、風呂に入って寝るだけ。

紅白歌合戦?

今や最後まで見る気力も体力もないんですわ。

とにかく一年を無事に終えられることに感謝ですな。

菜園にある物置の雨漏り対策を講じる

天井にブリキ製の雨樋を吊るし、それにホースを取り付け、漏れた水を直接外に出す。 … 天井の黒っぽい亀裂から雨漏りするんですわ

以前、菜園にある物置の雨漏りのことをお伝えしました。

雨漏りをする箇所に容器を置き、容器が満杯になる前に水を処分していました。

※ 水を受ける容器については、12.9付ブログ記事『菜園にある物置の雨漏りが …』に掲載の写真をご覧ください。

 

が、年々雨漏りが酷くなり、今ではしょっちゅう水を処分しているという有様です。

とくに屋根に雪が溜まり、それが一挙に解け出すと半端でない量の水が漏れ、45㎝×75㎝×18㎝の大きな容器もあっという間に溢れ出んばかりになります。

※ プレハブの物置なので屋根に傾斜がなく、降った雪が落ちずにそのまま積もってしまうんですわ。

 

予報によると、元日より雪が降り出すとのこと。

急遽雨漏りの対策を講じました。

手元に30㎝×180㎝の大きさのブリキ板があったので、V字形に折って雨樋とすることに。

それを天井の雨漏りをする箇所の真下に、少しの傾斜をつけて吊るしました。

そして、雨樋の低い方の端っこにシンク用の排水ホースを取り付け、水が直接物置の外に流れ出るようにしました。(右上写真)

 

これで、雨漏りの水を処分をする作業がかなり軽減されると思っているのですが … 。

当ブログ記事にて経過をお知らせしていきますわ。

引きこもり … 他人事ではない

今しがた知人が帰っていきました〈プレハブにて〉

今しがた知人が帰って行きました。(右写真)

「思ってたことを話したらなんかスッキリしたわ」
と言いながら。

 

彼〈知人〉が訪ねて来たのは、3時過ぎ。

2か月ぶりぐらいか。

はじめはあれこれ近況をしゃべっていたんだけど、そのうちに
「 … 実は、子どもが学校〈大学〉へ行かんで、家に引きこもっとるんや。 … いま3年生なんやけど、単位はほとんど取ってないし、卒業は到底無理や。 … … それで、勉強が嫌なら働きに出ればどーや、と言うとるんやけど、一向に埒が明かんのやわ … 。」

と、言い出し、それが延々と1時間余り続きました。

 

どうアドバイスしていいかわからなく、ほとんど聞いているだけ。

ただ、
「わしんとこの子どもは、今んとこはみんな一人立ちしとるけど、仕事に行き詰まったり、あるいは離婚したりして、いつ家に戻って来て引きこもらんとも限らん。 … そうなったら、あんたと同じように悩むやろな … 答が簡単に見つからんだけしんどいと思うわ … 。」
というようなことを言いました。

 

テレビなどで、よく全国の引きこもり者数が言われますが、けっこうな数です。

その数字を基準にして平均的に考えると、我が集落にも数人いることになります。
〈実際のところはまったくわかりませんが〉

引きこもり … 決して他人事ではないですな。

年末の晴れたのどかな一日

5日ぶりに晴れました            2025 12.28 10:00AM 木立前にて

5日ぶりに晴れました。(右写真)

雪の多いところに住む者にとっては、この時期はただ晴れたというだけでうれしくなるものです。

冬の柔らかい陽光の下、南寄りの微風を受けながら、ときには腕組みをし、ときにはポケットに手を入れ、のんびりと木立を歩きました。

 

ここ数日の強風により、クリとブルーベリーの葉っぱがほとんど落ちました。

キウイに至っては全部落ち、つるだけになってしまいました。

一面に生えている草も一段と色褪せたように感じられました。

侘し気な冬枯れの景色の中を歩くのも風情があっていいもんです。

いつもなら午前中に一回しか歩かないところ、好天に誘われて午後にも歩きました。

 

午後に木立を歩いているときでした。

集落の小学生らしき子どもたちのはしゃぎ声が聞こえてきました。

姿は見えなかったけど、冬休みを思いっ切り楽しんでいる様子が伝わってきました。

 

で、プレハブに戻ると、ちょうど帰省した孫たちがやって来ました。

夏のお盆以来4か月ぶりだったけど、あまりの成長にびっくりしました。

上の子は今春小学校に上がったんだけど、しゃべり方といい、しぐさといい、ホントにしっかりしてきました。

つい涙が出そうになりましたわ。
〈ジジバカ?〉

 

かくして年末の晴れたのどかな一日が過ぎました。

【遺言】【還暦からの底力】を再読する

【遺言】養老孟司著:新潮新書〈左〉     【還暦からの底力】出口治明著:講談社現代新書〈右〉

【遺言】養老孟司著:新潮新書と【還暦からの底力】出口治明著:講談社現代新書(右写真)を再読しました。

両著書で印象に残った箇所を2つずつ紹介します。

 

【遺言】より

… 言語は「同じ」という機能の上に成立している。逆に感覚はもともと外界の「違い」を指摘する機能である。そう考えれば、感覚が究極的には言語化、つまり「同じにする」ことができないのは当然であろう。
そこをなんとか伝達可能にしようとする最前線の試み、それがアートだとも言える。 … P117

… コンピュータにできることを、ヒトがする必要はない。コンピュータと将棋を指したりするのは意味がない。私はそう思う。百メートル競走を、だれがオートバイと競うのか。走るのに特化した機械と、ヒトが争う必要はない。ゼロと一とで書かれ、アルゴリズムで動くような思考を、コンピュータと競う必要はない。 … P173~174

 

【還暦からの底力】

… 要するに「来る者は拒まず去る者は追わず」で、緩く扉を開いているだけです。自分にアクセスしてくる人は、自分のことを面白いと思ってくれているのだから、ありがたいと思って受け入れる。自分から去るということは、その人にとって自分は魅力がないということなので、追いかけても仕方がない。 … P85

… … 年齢が高くなればなるほど「何をいまさら」と思う人がいるかもしれません。しかし、皆さんが一番若いのはいまこの時です。明日になったらまた1日、年を取ってしまいます。どんな年齢の人でもいまこの時が一番若いのですから、思い立ったらすぐ行動することが大切です。 … P233

 

プレハブにある本を整理していたら、上記2冊が目に留まりました。

外は雪が降っていて寒く、外出する気にもなれず、ほぼ終日薪ストーブの傍らで再読していました。

※ 【遺言】については、当ブログ記事で一度紹介しています。
〈2018 1.11付ブログ記事『【遺言:養老孟司著】を読んで』参照〉

 

本を読んでいて目が疲れると、薪のゆらめく炎を見たり … 窓外の冬景色を眺めたり … 天井をボーと見つめたり … と、

久しぶりにじっくりと本を読みましたわ。