今日付で投稿すべきブログ記事を、間違えて昨日に投稿してしまいました。
昨日の2本目の記事『一日も早く元の生活に戻ることを願う』を今日付〈7.2付〉のものとしてご覧ください。
2023 元日に

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。(右写真)
・2年前から年賀状のやり取りを止めた。
・昨年から新聞を読むのも止めた。
※ 年賀状のやり取り及び新聞を読むのを止めた経緯については、2022 1.2付ブログ記事『2022 元日に』をご覧ください。
・おまけに家中〈妻と私と両親の4人家族〉が昨年末からコロナ感染症に罹っているので、子どもたちも親戚も友人、知人も訪ねて来ない。
・といって、こちらからあちこち出歩くわけにもいかず … 。
何にもすることのないとても静かな元日を迎えています。
薪割りをしようと思ったのですが、さすがに今日は野良仕事をしている人の姿は見当たらなく、結局しないことに。
そうそう、先ほど保健所より健康状態についての問い合わせの電話がありました。
健康状態をお伝えした後、
「新年早々お手数をおかけし … わざわざありがとうございました。」
と、丁重にお礼を言いました。
ホントに有難いことです。
で、何もすることがなく息だけしているのかって?
それはあまりにももったいない!
朝からネット動画漬け状態。
テレビ番組を超えるものがいっぱいありますな。
今シーズンの私の分の伐採は終了

微風、しかも伐採木にとって追い風。
8時過ぎより伐採の準備に取りかかりました。
伐採木はすべて杉で、胸高径20~25㎝、高さ15~16mのものが8本 … 偏った枝の張り方をしているような木はなく、いずれもほぼ真っ直ぐに立っています。
… 何とかなりそう …
※ 私が伐採するのは、 … 何とかなりそう … な木ばかりです。
万一失敗しても、所有地内に倒れてくれるもののみを伐採しているのです。
人家や電線に近いものは、プロの方にお願いしています。
いつものごとく安全帯をして枝打ちはしごを上り、幹の6mほどの高さのところにロープを結わえました。
はしごを下りると、はしごを外し、結わえたロープの端をパワーウインチにつなぎました。(右上写真)
そして、パワーウインチのレバーを引き、木に圧力をかけるべくロープをピンと張りました。
チェンソーで木の根元に受け口と追い口を入れ、最後に引き倒しました。
おかげさまで今日も事故なく伐採できました。
先日の伐採本数と合わせると、杉17本、山桜2本の締めて19本と、
これで今シーズンの私の分の伐採は終了しました。
※ 残りの私の手に負えない木〈杉16本、アテ2本〉はプロの方に頼んであります。
お座なりのテレビ番組からおさらば

久しぶりの雨。
ブログ記事の投稿を終えると、パソコン調整の仕上げに取りかかりました。
残るは、印刷できるようにすることとブルートゥーススピーカーで音が聴けるようにすること。
プリンターにつなぐのは難なくクリヤー。
が、ブルートゥースが … 。
説明書通りにやってもペアリングできないのです。
2時間ほどあれこれ試みましたが、結局うまくいきませんでした。
〈ブルートゥーススピーカーがパソコンに検出されない〉
ただ時間が過ぎるだけでしたので、自宅にあったパソコン用外部スピーカーを持ってきて取り付けました。
※ パソコン付属のスピーカーやディスプレイ付属のスピーカーの音はあまりに貧弱です。
〈私のパソコンやディスプレイが安物のせいもありますが〉
とくにミュージック関係のものを視聴するときは、ある程度のスピーカーが必要です。
午後は、今まで使っていたパソコンを自宅のAVアンプにつなぎました。
AVアンプから出る音を既定値にするのに若干手こずりましたが、何とかAVアンプのスピーカーから音が出るようになりました。
試しにユーチューブにあるキャッツ〈ミュージカル〉の ” メモリー ” を歌っている場面を視聴すると、
very good!(右上写真)
もうお座なりのテレビ番組からはおさらばですな。
木立前のタンポポで日常の世界に

長らくご無沙汰しておりました。
前回のブログ記事は、4.16付『ジャガイモの芽が出て喜んだのも束の間』でしたので、6日ぶりの投稿記事となります。
で、その間にあったことをお伝えいたします。
4.15〈金〉
午後、親戚の〈主の〉長男より、高齢者施設に入っている主〈彼の父〉の容態がよくない旨連絡がありました。
ブログ記事の下書きをしている最中でしたが、すぐに施設に走りました。
長男と主の奥さん〈長男の母〉と私の3人でベッドに横たわっている主を見守りました。
かなり荒い呼吸状態でした。
呼びかけたり手をさすったりしながら2時間ほどいたでしょうか、長男だけが残り、私は奥さんを家に送り届けた後自宅に戻りました。
※ 長男は、その晩ずっと主のそばに寄り添っていたとのこと。
4.16〈土〉
朝、長男が家に戻ると、主の妹とその息子〈主の甥〉が施設に向かいました。
午後になり、彼女らが戻る頃、私と主の奥さんが施設に入りました。
〈長男は、4時間後に私たちと入れ替わる予定でした。〉
主の寝ている部屋に入ると、前日ほどではありませんでしたが、荒く息をしていました。
声かけをしたり手をさすったりしているうちに、荒かった息も徐々に静かになっていきました。
で、ベッドから離れ、お茶を飲みながら主の若かりし頃の話を聞かせてもらっていると〈その間2分ほどだったか〉、
… さっきまで〈呼吸により〉上下していた掛布団がまったく動いていないような …
主の傍に寄り、様子を窺うと、
… 呼吸をしていないような …
職員の方に伝えました。
折よくお医者さんがいらっしゃる日でしたので、すぐに容態を診ていただくことができました。
脈をとったり、聴診器を当てられたりした後、
「〇時〇〇分、死亡を確認しました。」
とおっしゃって合掌されました。
… … … … … …
冷静さを装って長男に連絡するのがやっとでした。
しばらくすると、長男がやって来ました。
主の亡がらを〈主の〉家に運び入れ、あれこれしているうちに自宅に戻ったのは夜の9時過ぎ。
入浴後床に就きましたが、ほとんど眠れず … 。
※ 家族葬で葬儀を行うことは前々から決まっていました。
4.17〈日〉
※ 友引ゆえに葬儀を行えず
で、主の亡がらの傍で、長男、奥さんを中心に濃い親戚が集まり、葬儀屋さんを交えての葬儀の進め方についての相談。
葬儀の進め方がほぼ決まりました。
4.18〈月〉
住職さんがいらして、〈午後〉4時より納棺。
その後、棺に収められた亡がらをセレモニーセンターに移動。
親戚〈20人強〉が集まり、〈午後〉7時より通夜。
通夜終了後、遠方の親戚をホテルに送る。
送った後、私は自宅に戻るも、数人がセンターに居残ることに。
4.19〈火〉
朝、6時過ぎにセンターに赴き、居残り組と交代。
9時頃、遠方の親戚をホテルに迎えに行く。
11時より本葬。
正午過ぎに出棺し、斎場へ。
再びセンターに戻り、骨壺を前に住職さんにお経を唱えていただく。
午後3時過ぎに一連の仏事が終了し、センター前にて解散。
遠方の親戚は、〈めったに来られないということで〉墓参りに。
私が自宅に戻ったのは、4時過ぎでした。
どっと疲れが出ました。
4.20〈水〉
〈午前〉8時から〈午後〉3時半まで亡き主の家に。
残ったのは、長男と奥さんと別の親戚1人と私の4人。
〈別の親戚1人は午後帰りました〉
葬儀の翌日なので暇かと思いきや、弔問客が次から次へと。
※ 主の死亡については、葬儀翌日〈20日〉の朝刊のおくやみ欄に掲載されました。
小さい集落なので、情報がいっぺんに広まったようでした。
弔問客のほとんどが、奥さんと同年代〈90歳前後〉のおばあちゃんたち。
どの方も長時間ホントに上手にしゃべることといったら … 。
役不足の私は、隣の部屋で別の親戚と香典の計算をしていました。
長男は、あいさつや支払い等で終日奔走していたもよう … 。
〈午後〉3時半頃、亡き主の家を後にしましたが、けっこう忙しかったです。
とにかく香典の金額やお返しの数がぴったり合い、ひと安心。
木立前に着くと、黄色いタンポポの花が一面に咲いていました。(右上写真)
非日常の世界から日常の世界へ戻って来た感がしました。
記憶の鮮明なうちにと、すぐに当ブログ記事の下書きに取りかかりました。
この6日間にあった出来事を、時間の流れに沿って思い出すままに書き出しました。
とりあえず今回は、主が亡くなったことに伴い、単にあったこと〈出来事〉をお伝えしました。
心情面については、追い追いお伝えしていきたいと思っています。