暑さのお陰かな

本に囲まれ、1時間半ボーとしていました。〈菜園横物置にて〉

暖かいを通り越して暑い。
〈最高気温25℃近くか〉

3時間ほど草刈りをすると、ダウン気味状態に。

 

昼食後、休憩がてら近くのホームセンターへ苗木を見に行きました。

運よく、以前から欲しいと思っていた山椒の苗木がありました。

朝倉山椒〈あさくらさんしょう〉という品種で、税込み1,000円ちょっとで買ってきました。

木立に戻ってくると、すぐに植えました。

 

植え終わったのは〈午後〉3時。

とにかく暑いので、外に出るのを止め、屋内作業に切りかえました。

菜園〈木立から車で7~8分〉にある物置に行き、本の整理をすることに。

物置はプレハブですが、暑いといっても真夏の猛暑とは違い、中はちょうどの温度でした。

まずは椅子に座って〈持って行った〉コーラと駄菓子でひと休み。

それがいけなかった … 本を整理しようという意欲がいっぺんに消滅。

飲んで、食べて、1時間半ほどボーっと本の背表紙を眺めていました。(右上写真)

 

たまたま本棚から抜き出した本を開くと、

… … お金や欲望や地位などとは関係のない生き方があるということを国民全体が理解し、そのような生き方を実践する … …

という文章が目に飛び込んできました。

【日本人はいかに生きるべきか】阿部謹也著:朝日新聞社 を再読することになりそう。〈三読目かも〉

暑さのお陰かな。

古本が取り持つ縁

今日古本屋さんで買った【本居宣長】小林秀雄著:新潮社

来シーズンの薪の準備もでき、一段落。

伐採跡への植樹や木立前の除草等、すべきことは目白押しですが、ドライブがてら、久しぶりに車で30分ほど離れた古本屋さんに行きました。

※ 3年ぶりでした。
3年前に行ったときの様子については、2020 2.1付ブログ記事『買うのはいいけどいつまで読めるかな?』をご覧ください。

 

そこは、こじんまりした個人〈私より年上のよう〉のお店で、店主の趣味でやっているような雰囲気が漂っています。

店主に商売っ気がないのか、あるいは、私の行く時間帯〈平日の午前〉が他の客とずれているのか、3年前も今日も客は私一人でした。

20分ほど背表紙を眺めた後、4冊の本を帳場に持って行きました。

その中で、【本居宣長】小林秀雄著:新潮社(右上写真)が1,880円と値段が高く、ケース入りのために中身が確認できなかったので帳場で確認してもらうことにしました。

 

「この【本居宣長】、 … ケースがきつくて中身を確認できなかったのですが、 中身を見せていただけませんか?」

「〈店主がケースから本を引き出して適当に数ページ開いた後〉 ご覧の通り、酷い汚れはありません。 … … 実は、この本は、生前に父が買い、彼の書棚にずっと置いてあったものです。 … 父はほんとうによく本を読む人でした。 … でも、この本に関しては、ほとんど読んでいなかったように思います … 。」

 

プレハブに戻り、【本居宣長】をケースから出して改めて中身を見ました。

奥付には、 … 昭和52年12月15日四刷 … とありました。

45年ほど前に、読書人である店主のお父さんは、どんな思いで【本居宣長】を買われたのだろうか。
〈45年前に発行されたからといって、45年前に買われたとは限りませんが。〉

古本が取り持つ縁というか、

そのようなことを想像するだけで、楽しく、そして、うれしくなってきました。

ひたすら本を読む大切さ

2001 8.19付 日経新聞『半歩遅れの読書術』より

午前中はずっと雨。

正午に合わせるかのように止みました。

午後、昨日、一昨日に割った薪を薪棚に入れようと外に出ましたが、気温が低くて霧雨状態だったので、プレハブに戻りました。

薪ストーブのそばでコーヒーを飲みながらいい気持でいると、そのうちに眠ってしまいました。

 

目が覚めたのは〈午後〉2時過ぎ。

プレハブ内の掃除をはじめました。

ふと本棚にある【読書案内】が目に留まりました。

※ 【読書案内】について
新聞等にある書評の類を切り抜きし、それを大学ノート〈A4版〉に貼り、私が勝手に【読書案内】と銘打ったものです。
1998年6月から2020年3月までのものが貼ってあり、49冊のノートとなっています。
〈2020年4月より新聞購読を止めましたので、それ以降のものはありません。〉

 

たまたま5冊目〈2001 2.25~9.2〉を取り出して開くと、河合隼雄氏〈臨床心理学者〉が日経新聞の『半歩遅れの読書術』の欄で書かれた文章が目に入りました。(右上写真)

Q:「自然に本来備わっている神性」をわかるにはどうすればよいのか?
A:〈ジョーゼフ・キャンベル・ビル・モイヤーズによると〉
「部屋に座って本を読む ーー ひたすら読む」とのこと。

〈河合氏の考え〉
… インターネットなどによって必要知識を検索する、これも必要だ。しかし知識ではなく自分の身についた「知恵」を獲得するためには、キャンベルの言うように、「ひたすら読む」ことである。それも、ゆっくりとはしからはしまで読むことだと思う。もちろん、これは「然るべき人たちが書いたまともな本」であることが条件であるが。 …

 

赤線を引いてあるのに、まったく覚えていませんでした。

40代の頃に、河合氏の著書を20冊ほどゆっくりとはしからはしまで読んだことが、懐かしく思い出されました。

で、そのことから当然「知恵」も蓄積されているはずなんですが … 。

【もろさわようこの今昔物語集】を読む

【もろさわようこの今昔物語集】:集英社

【もろさわようこの今昔物語集】:集英社(右写真)を読み、印象に残った箇所を紹介します。

 

染殿〈そめどの〉の妃〈きさき〉 巻20・第7 より

藤原明子〈ふじわらのあきらけいこ〉
… 聖さまは、人の救いはみ仏の大いなるいつくしみによっておこなわれるのであり、人のおこなう善行や布施によってではないと説かれましたが、ならば、不孝・悪行を重ねる者も、み仏の救いにあずかれるのですか … P198

金剛山〈こんごうせん〉の聖
… はい、人のいとなむ善行や布施などは、たかの知れたものです。不孝・悪行を重ねざるを得ないことに苦しみ、悩み大きい者の上にこそ、み仏のいつくしみもまた大きいと、私は信じています … P198

藤原明子〈ふじわらのあきらけいこ〉
… 人の生きる喜びは、位の高さではなく、心がぬくもることであると、聖さまによってはじめて知らされたのです。私もともに山に連れていってほしい … P199

 

【もろさわようこの今昔物語集】は、今昔物語集の直訳でも意訳でもなく、今昔物語集の説話を素材にしたもろさわ氏の創作である。

氏独自の解釈を施して書き下ろした短編小説集のようなものである。

それにしてもおもしろかった。

今昔物語集は、12世紀後半までには〈800年以上前に〉成立していたといわれている。

が、その内容はどうだろう。

上記の妃と聖のやり取りを見ていると、もろさわ氏独自の解釈が入っているとはいえ、今の私たちの思いとそれほど変わらないではないか。

 

物の怪に取りつかれた妃から、加持祈祷によってそれを取り除くために招かれた聖 … 。

現代風に言うと、心に病を持った人に対するカウンセラーの関係のようなものではないだろうか。

結末については、みなさんの方でお読みください。

 

まだ原典を読んでおりません。

が、「ぜひとも原典を読んでみたい」という気持ちにさせるのが、今回紹介したもろさわ氏の著書なんですわ。

【歎異抄】を読んでいたら

【歎異抄をひらく】高森顕徹著:1万年堂出版

荒天及び積雪により野外作業不可。

で、プレハブで【歎異抄〈たんにしょう〉】(右写真)を読んでいると〈【徒然草】はしばらくお休みにします〉、親戚から昼食の弁当の差し入れが。

「近くの店に来たついでに寄ってみたんや。 … ところで、おまえの友だちの〇〇君のお父さんが亡くなったの知っとるんやろな … 。」

… … …

 

親戚が帰ると、すぐに友人に電話をしました。

「 … … 先月末に死んで、もう葬式も終っとるんや。 … おまえに言おうか、言わんとこうか迷うて、結局言わんかったんや … 。」

 

昼食を食べた後、彼〈友人〉の家へ行きました。

仏壇横に置かれた彼のお父さんの遺影と向かい合うと、まだ学生だった夏の頃のことが瞼に浮かんできました。

座敷で彼と話をしていたとき、お父さんが出て来て自らお茶を入れてくれ、入れ終わると、私たちの話に加わることもなく静かに戻って行きました。

そのときに飲んだお茶のおいしかったことといったら。

そしてお茶を入れていたときのうれしそうなやさしい眼差しが、遺影の眼差しと重なって思い出されました。

 

彼のお父さんも、彼も、そして私も、真宗の門徒 … 。

真宗の教えが書かれた【歎異抄】を読んでいるちょうどそのとき、今回の訃報を知ったことに 何かの ” 縁 ” を感じています。

ご冥福をお祈りいたします。