①
… 一茶は芭蕉の書もくりかえし読んだ。古今の歌書も俳書も読んでは書きとめ、書きとめては読み返した。しかし、句作のときはすべて忘れてしまう。ただ自分の腹の底の底から出てくるものだけに、耳傾ける。それはカンとしか、いいようがない。誰もいない道、まだ人の踏んでいない奥山をきわめたい、そんなカンにみちびかれるままにつくる。もっとも、それも、うんと人の句を見、知りおぼえた果てのことだった。 … P67
②
… … 俳諧に形のきまりはあるが、秘訣なんてありゃしねえ、教えるもんじゃなしに悟るもんだ。たとえば、庭の隅に、いい清水の湧く井戸を持ってるとする、人に汲み取らせて枯れさせてはならねえというので、きびしく柵を結いめぐらし、そのまま年を重ねると、いつか孑孑〈ぼうふら〉が湧いて蛭〈ひる〉が踊り、野中の埋れ井戸になってしまう、俳諧の秘伝口訣〈くけつ〉というのは、たいがい、こんなもの、 … … P130
③
… … 初雪や初しぐれや、ともてはやすのは、ゆたかに世を渡る人が楽しむ風流なのだ。日々のくらしに追われる貧者にとっては、悪いものが降る、と首をすくめるばかりだろう。そうだ、一茶の故郷の信濃〈しなの〉ではもう雪が降りはじめている頃だ。11月のはじめから白いものがちらちらする、人々は悪いものが降る、寒いものが降る、と口々に言い罵るのだ。やがて3,4尺も雪が積れば牛馬のゆき来は、はたと止まり、長い冬がくる。だから初雪を村人はどんなににくむか、 … …
P312
… ips細胞だけが最先端科学ではないのである。あまり社交的ではなさそうな昆虫オタクたちが地面に這いつくばって(著者らは何度も通報や職質を受けたそうである)、1億年の進化の中で育まれた、最も驚くべき生物の社交性の実相を明らかにした。これもまた最先端科学であり、本書〈アリの巣の生きもの図鑑:The Guests of Japanese Ants〉は日本の文化的成熟度の到達点を示した好著である。
… P189