一日も早いコロナ終息を願っている次第です

すぐに薪ストーブを焚きました

午後いっぱい、土をふるいにかける作業をしました。

〈午後〉3時を過ぎた頃から北風が強くなり、寒くなりました。

作業着の上にジャンパーを羽織り、帽子も、メッシュ帽から作業帽子に替えました。

軍手をはめての作業でしたが、だんだん手がかじかんできました。

鼻水も出てきました。

でも、作業を続けました。

※ 土をふるいにかけ、新たなサツマイモ畑に入れたいのですが、瓦礫が多くて作業が遅々としているのが現状です。
で、我慢して作業を進めたという次第です。

 

〈午後〉5時頃に後片付けをはじめたときは、一段と風も強くなり、雲行きも怪しくなっていました。

近くの田んぼで餌をつついていた山鳩や雉も、もう一羽もいませんでした。

プレハブに入り、すぐに薪ストーブを焚きました。(右上写真)

ここ一週間ほどは、わりと暖かかったので、薪ストーブのありがたみをそれほど感じませんでした。

が、今日は、とても感じました。

 

餓死を心配することもなく、〈無職ですので〉仕事に悩むこともなく、

それなりに健康で、

天気がよければ自然に触れながら体を動かし、

雨が降れば本を読む。

そして、今日のように寒ければ、

ストーブのゆらめく炎を見ながら熱いお茶を飲む。

何にも代えがたい無所属の時間です。

でも、 … 自分だけが … という思いはあります。

一日も早いコロナ終息を願っている次第です。

集落の春祭りに神輿が出なくなりました

午後、サツマイモ畑づくりの続きをしました。

暖かい日でした。

午前中は、花壇づくりのために、昨日に引き続き木立の斜面を削りました。

午後は、サツマイモ畑に入れる土をふるいにかける作業をしました。(右写真)

以前に〈ブログ記事で〉お伝えしましたように、土に瓦礫が多く混じっていて、作業が遅々として進みません。

で、悪戦苦闘していると、町会長さんがやって来ました。

「精が出るな。 … 実は、… 月末に予定しとる〈集落の〉春祭りやけど、 … いくら田舎でコロナ流行っとらんていうても、やっぱり心配や。 … 今回は、神主さんに祝詞だけあげてもろうて、神輿や獅子舞を取り止めるつもりや。 … 青年団、壮年団とも相談したけど、みんな理解してくれたわ。 … で、神輿を招待する準備をしとる家もあるかもしれんし、〈春祭りの案内をすぐにつくってほしいんや。明日配るつもりや。」 

ということでした。

… 新型コロナウィルスの感染状況を鑑み、春祭りは、神輿巡行を取り止め、宮祭りのみといたします。ご理解のほどよろしくお願いいたします 云々 …

という但し書きの付いた案内をつくり、町会長さん宅に持って行きました。

今、集落内至るところ、ソメイヨシノが満開です。

穏やかな日は、日本昔ばなしに出てくる光景そのものです。

それにお神輿と獅子舞が加われば最高の春になるのですが。

… 残念です …

ともに花や月を愛でたい!

木立の斜面を削って平らにする作業に取りかかりました

前回のブログ記事で、「食べ物を優先して花を後回しにする」ようなことを書きました。

投稿した後、

ふと昨年の夏のことを思い出しました。

… あの猛暑の日が続いたときに、生活に潤いや彩りを添えてくれたのは、ヒマワリやアサガオではなかったか …

ということを。

で、昨日耕した畑には食べ物を植えることにして、花を植える場所を新たにつくることにしました。

さっそく木立の斜面を削って平らにする作業に取りかかりました。(右上写真)
〈5月半ばごろにヒマワリとアサガオを植える予定〉

 

話は変わりますが、

明日〈4月8日〉、晴れればスーパームーンが見られるそうです。

【スーパームーン】
月が最も地球に近づいたときに、満月〈または新月〉の形になった月の姿。
遠い満月のときに比べ、30%ほど明るく、14~15%ほど大きく見える。
… ネットより

今日も明日もそれほど変わらないと思われますので、

〈19:10〉、ブログを書く手を休めて外に出て見てきました。

東の空に堂々とした立派な月が浮かんでいました。
〈自宅に帰るとき、再度たっぷり味わいます〉
〈予報では明晩は雨とのことですので〉

 

都会ではコロナ感染者の増加で、たいへんな状況になっているようです。

私の〈都会にいる〉子どもや孫を含め、みなさんが心配です。

ともに花や月を愛でたい!

とにかく食べ物を植えるつもりでいます

小さい畑ですので30分足らずで耕し終わりました

イチゴ畑の横の畑を耕すことにしました。

2,5m×7mほどの小さい畑ですが、鍬で耕すとなるとたいへんですので、耕運機を使うことにしました。

で、耕運機を3㎞離れた菜園の物置まで取りに行きました。

そして、ワゴン車の後ろに積んで持って来ました。

車から降ろすとすぐに畑を耕しました。

小さい畑ですので、30分足らずで耕し終わりました。(右上写真)

耕運機をまた車に積んで菜園に向かいました。

最後に、〈地面を耕す部分の〉爪やタイヤにこびりついた土を水で洗い落とし、物置に戻しました。

畑の下準備ができました。

2畝つくれそうですので、ヒマワリとアサガオを一畝ずつに植えようかなと思っていました。

※ 別のところにはすでにニンニク、ジャガイモが植えてあり、ひと月後にはサツマイモも植える予定ですので、あとは花でもと思っていました。

 

先程ラジオで、” 緊急事態宣言 ” という言葉を聞きました。

コロナ感染者の増加が止まず、 ” 第2次世界大戦以来の国難 ” と言っている国もあるとのこと。

” 食糧難にならんやろな ”

という考えが、一瞬頭をよぎりました。
〈もちろん杞憂に終わることを願っています〉

何を植えるか具体的に決めていませんが、とにかく食べ物を植えるつもりでいます。

ヒマワリ、アサガオ畑は、植える時期までに新たにつくります。

定年退職後の3年間を振り返って 5

現在〈入手7年後〉の木立の様子

今日は、2020年3月31日。

3年前の今日、仕事でお世話になった方々にあいさつ回りをし、暗くなった頃に自宅に戻ったことを思い出します。

 

さて、5回に渡るブログ記事『定年退職後の3年間を振り返って』も、最終回となりました。

前回まで、
・木立を入手することになった経緯
・プレハブの設置
・定年1年前に定年後の身の振り方について考えたこと
・定年直後に重機を扱う講習を受けたこと
・ブログ発信をするに至った経緯 … 等
について話をしてきました。

で、定年退職をした年の夏までに、第二の人生に向けての準備がほぼ整いました。

あとは、どう過ごすかです。

それにつきましては、本ブログ記事をご覧ください。
〈今回を含めて今までに968記事を投稿〉

サイトの右側に掲載されているカテゴリーをご覧になると、一目でわかります。

 

最後に、定年退職後の3年間を総括いたします。

ひょんなことから木立を入手したとはいえ、それが、定年退職後の私の生活の大部分を占めることになってしまいました。

何かの縁でしょうね。

楽しい日々でした。

とくに、

60~63歳というまだ頭も体もそれなりに機能してくれる〈若い〉年齢のうちに

まる3年間、何ものにも束縛されず、自由に考え、自在に行動する機会が与えられたことに感謝しています。

これが、65歳まで延長して働いた後だったら、話はまったく違っていたでしょうね。

私の場合、その時点でエネルギーが尽き、何もしないだろうと思います。

 

おかげさまで、

竹の侵入で荒れ果てていた山林〈約5,000㎡〉を ” 木立 ” と呼べるような状態にすることができました。(右上写真)
※ 3.28付ブログ記事『定年退職後の3年間を振り返って 1』に掲載されている写真と比べながらご覧ください。

また、読書をはじめ、たくさんのことができました。

若いからできたんだと思っています。
〈65歳から始めるとなると、ちょっと遅いでしょうね〉

それら、この3年間に経験したことは、今後の私の人生に大いに潤いをもたらしてくれること間違いありません。

これからも、10年ほどかけて100本余りの木を伐採し、伐採した木を薪にしたり、伐採跡に果樹を植えたりする予定です。

体が動く限り、一人で行うつもりです。
〈他人任せにすると、〇百万円のお金がかかります〉

そう考えると、伐採や薪づくり等に関する技術や知識が身に付いたこの3年間は、第二の人生のための投資期間だったとも言えます。

 

延長して働くことを無理強いせず、温かく見守ってくれた家族に、重ねて感謝する次第です。

明日から、いよいよ定年退職後4年目。

引き続き、よろしくお願いいたします。