伐採した木の枝を薪や焚き付けにする

屋外の仮設の作業台で枝を切ります 丸ノコを台に据え付けたものを使います
直径約4cm以上のものは薪にします
直径4cmに満たないものは細かく切って焚き付けにします

先日伐採した木の枝を薪にしたり、焚き付けにしたりすることにしました。

屋外に仮設の作業台を設けました。作業台の脚として、野菜かごを左右にそれぞれ2段に積みました。
その上に脚を取った座卓板を乗せました。(右上写真)

細めの木を切るのに、チェンソーではなく、丸ノコを台に据え付けたものを使いました。(右上写真)

直径5cmまでの枝は切られます。
太くて途中までしか切られなかった枝は、鋸〈手動〉で最後まで切っていきました。
※最初から鋸〈手動〉で切るよりずっと楽ではやいです。
※チェンソーを使うと、余計に手間がかかります。

直径約4㎝以上の太さのものについては、45cm長に切り、薪にしました。(右中写真)

それ以下のものについては、焚き付けにし、親戚に渡すことにしました。〈薪風呂用〉

親戚がいうには、最近ケヤキを近所の人からもらったらしく、それはとても火持ちがよいそうです。
ただ火持ちがよいぶん、火が付くまでに時間がかかり、四苦八苦しているということでした。
それで焚き付けをつくったというわけです。(右下写真)

伐採して間もない木からつくった焚き付けの含水量 … 38%
〈理想値 … 16~18%〉

しばらく乾かして使ってもらうしかないですね。

 

 

 

 

 

柿を捥げない 捥いでも食べられない

晩秋の青空の中の荻
松ともみじのコラボ
届かないのでそのままになっている柿

親戚〈高齢者夫婦〉に運転手を頼まれ、病院、道の駅、ドラッグストア、スーパー、農協へ行きました。

はじめに病院へ行きました。
夫婦それぞれが受診するので待ち時間が長く、その間、近くの公園に行ってきました。
天気のよいことも手伝い、また、人影もほとんどなく、静けさの中に晩秋の清々しい景色を見ることができました。(右上写真)(右中写真)

その後、言われるままにいくつかの店を回り、〈親戚の〉家に戻ってきました。

昼食を待つ間庭をぶらぶらしていると、柿の木が目にとまりました。(右下写真)
「柿熟れとるのに何で捥がんのや。」と私が聞くと、「届かんもん。捥がれんのや。」という返事。

年老いて身長が縮み、しかも腰が曲がっているので、致し方ないのですが … 。

「低い台ぐらいなら上れるやろ。」と聞くと、今度は「どうせ捥いでも、歯が弱て食べられんのや。」という返事。

田舎では、親戚の家だけではなく、柿がなりっぱなしの家がいたるところで見られます。

… 車の運転はできなくなる … 柿は捥げなくなる … 、たとえ捥いでも食べられない …

私の数十年後の姿?
半日運転手を頼まれ、よいこと、考えさせられること、多々ありました。

 

 

 

神様・仏様からのメッセージ

ドライブ中

久しぶりに遠出しました。

退職後遠出したのは、今回で3回目です。

1回目は、4月上旬に京都で行われた1泊2日の仏教の研修会でした。

2回目は、ブログでもお伝えしました5日間に渡る重機の講習会です。4月の中旬から下旬にかけて受講しました。

今回は、遠方の親戚の者を田舎の主だったところに案内するために、少しばかり遠出をしました。
遠方の親戚1名、近くの親戚2名、そして、私の4人です。〈ドライバーは、私〉
朝8時に出発し、午後4時に帰ってきました。行った先々はもちろん、昼食も楽しく、とてもおいしかったことが印象に残っています。

他に、今回遠出をしてよかったなあと思っていることが二つあります。

一つ目は、親戚にほんのちょっぴりですが、恩返しができたことです。
私は、幼い頃から今までしてもらうことばかりで、まともにお礼をしたこともありません。

そんな自分に、神様か仏様かわかりませんが、「おまえ、今時間あるやろ。少しぐらい、感謝の気持ち表せや!」と、お返しをするチャンスを与えてくださったように思っています。

二つ目は、ここ4カ月ほどメリハリに欠けるような生活をしていた自分に、これまた神様か仏様が刺激を与えてくださったような気がしています。おかげさまでリフレッシュすることができました。

一日を共に過ごすことができた親戚とともに、その背後にある目に見えないものに感謝しております。