前回のブログ記事の後半のところで、
「 … … 動けんようになったら、今度は ” 社会のお荷物や ” … … 」
と書きました。
※ 上記のことを書くときに、書こうか書くまいか迷いました。
たとえ自分が自分自身に対して言っているとはいえ、
” 言ってはいけないこと ”
延いては
” 思ってもいけないこと ”
のように思えたからです。
今日たまたま【誠実と日本人】相良亨著:ぺりかん社(右上写真)を読んでいたら、そのことに対する回答めいた箇所がありました。
紹介します。
… われわれ日本人が、今、しっかりと自分のものにしなければならないのは、 … … 人間とは何かと問うことにおいて捉えられてくる「人間の尊厳」の自覚ではないであろうか。それは他者が尊厳なる人間であることの自覚であるとともに、自己もまた尊厳なる人間の一人であること。しかして社会は、その尊厳なる人間によって構成されていることの自覚ではあるまいか。 … P136
※ 相良氏は、日本人が大切にする「誠実」について、
… 「誠実」のあまり、他者及び自己の「人間の尊厳」にまで考えが及ばないことがある …
という点に注目され、それを解明すべく【誠実と日本人】を著わされました。
” 尊厳なる人間 ” に対して ” お荷物 ” だなんて、恥ずかしい限りです。
〈2週間ほど前の〉入院時に、 ” 尊厳なる人間 ” がテーマともいえる【夜と霧】【それでも人生にイエスと言う】〈ともにフランクル著〉も読んだところなのに … 。
〈後に当ブログ記事で紹介したいと思っています〉
まだまだ未熟者 … 精進します。